第三十四話
それから、オリヴィエ様は2、3日に1度ほど目を覚まされるようになった。言葉を交わすことはできないし、意思疎通は瞬きで行なっているけれど、私にとってはただ意識があることだけでこの上なく嬉しい。たまに、苦しそうに咳をして、吐血なさることはあるけれど、その症状も随分ましになってきたと言える。
そして私は、殿下から届いた紅茶の検査結果を受け取った。この調査のことはオリヴィエ様には秘密なので、書筒を受け取った私はそっとオリヴィエ様の部屋から出て、自室で開封することにした。
国王陛下から結婚式の日取りが決まったという書状が届いた時とは異なり、立派な書筒ではあるもののどこか質素さを感じる。表立って堂々と送る内容ではないからだろうか。
私はざわつく心を落ち着けるように長く息を吐いて、恐る恐る蓋に手をかけた。カチャリと音を立てて開いた書筒には、2枚の紙が収められていた。1枚は第1王子殿下からのお手紙、もう1枚は調査結果の報告書のようだ。私は焦る気持ちを感じながら、まずは殿下からのお手紙を手に取った。
『ミュリエル・アリスタシー嬢
頼まれていた調査が終了したので送付する。なかなか手こずったので、ヴィーが元気になったら彼にツケを支払ってもらうことにするよ。
ロレッタがあなたのことを心配している。忙しいとは思うが、彼女にも手紙を出してくれると安心すると思う。それを私へのアリスタシー嬢からの礼としよう。
それではまた、何か困ったことがあれば頼って来ると良い。友人として力になろう。
アリスタシー嬢も体調に気をつけるように。
アルフレッド・ランティーリ』
殿下からのお手紙に、心の中で了承と感謝の意を伝えた。これほどまでに心強い言葉はそうそうない。できれば、これ以上殿下のお手を煩わせるようなことにはしたくないのだが、そう言っていただけることは素直に嬉しい。
そして、問題の調査結果が書かれた紙だが、手に取ったのは良いもののなかなか開くことができない。手が震えているのも要因だが、緊張と不安で心が見ることを拒否しているかのようなのだ。
しかし、いつまでもこうして見ずにいることはできない。せっかく殿下が急いで調査してくださったものなのだ。
私は意を決して一気に手紙を開いた。
1番上には、大きく『調査結果』の文字。その下には依頼者や調査対象、目的などの記録事項が記載されていた。王城の研究機関らしい、しっかりとした根拠に基づいて行われたものであることを示すための内容だ。
さらにその下に、肝心の調査結果が。
今回の調査では、紅茶の中に何か混ぜ物がされていないか、オリヴィエ様の症状を引き起こす原因となるような成分が含まれていないかを調べてもらった。
結果、この紅茶には微量の金属が含まれていることが分かった。その金属がどのような種類なのかは今回の調査で解明することはできなかったようだが。
「金属、ですって?」
思わず、口から疑問がこぼれ出た。通常、茶葉の製造過程で金属が紛れ込まされることなど考えられない。ましてや、この茶葉は王都の貴族にも人気があり、多くの人に楽しまれている有名なものなのだ。オリヴィエ様だけに症状が見られているということに説明がつかない。
だが、確かにこの紅茶に金属は含まれているというのだ。考えられる原因はそう多くない。できれば考えたくもないのだが。
「これは、私も調査をしてみる必要があるかしら…」
確かな情報を得たことで、私の心も決まった。徹底的にこの紅茶を調べ、含まれている金属とオリヴィエ様の病気に何の関係もなければそれはそれで良い。ただ、今現在1番可能性を持っているこの紅茶を調べることで、何かの手掛かりになることがあるかもしれないから。
私は調査結果の紙だけを書筒に戻して、ジャスパーとミラを呼ぶように言った。彼らが、この屋敷の中で調査を行なっていたことを知っている唯一の存在だ。
しばらくしてやってきた2人は、私が手にしている書筒を見て、全てを察したようだ。
「これは、第1王子殿下から届いたかの紅茶の調査結果よ。2人も目を通してちょうだい」
私が差し出した書筒を受け取って中を見た2人は、はっと息を呑んだ。
「ミュリエル様、これは…」
「えぇ、そうよ。紅茶には何かしらの混ぜ物がされていたわ。ほんの微量ではあるけれど、これを長期間摂取していたことがオリヴィエ様の病気の原因になったと考えることもできる。まだここに書かれていること以上のことは何もわかっていないのだけれど」
私の言葉に、2人は深く頷いた。もう、私の意図に気がつき、私たちにできることは何ですか?と言いたげだ。
「それで、私はまず、この屋敷の中に混ぜ物をした人がいないかを調査するわ。とりあえずは私が指示を出すから、2人はそれに従ってちょうだい」
「かしこまりました」
私は彼らに細かく指示を出し、それぞれ任務を遂行するように言った。
そして私も、自分がするべきことをこなすべく、オリヴィエ様のお部屋に戻ろうと部屋を出る。
隣のオリヴィエ様の部屋の前には、常に1人使用人がついている。これはオリヴィエ様の急激な体調変化に対応したり、私からの言伝を各所に伝えてもらったりするための人員だ。
私は今の担当である彼女に声をかけた。
「オリヴィエ様がいつも飲まれている、お気に入りの紅茶を淹れてきてもらえるかしら? 香りだけでも楽しんでもらいたくて…」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「えぇ、よろしくね」
私はそのままオリヴィエ様の部屋へと入り、使用人が厨房へ去っていくのを横目に見届けた。
「これで、原因が判明すれば良いのだけれど…」
私が不安になりつつも待っていた時間はそう長くなく、すぐに紅茶の用意ができたと外から声がかかった。私は返事をして、扉を開ける。サービングカートに乗せられた紅茶のセットたちは、カップが2つ用意され、いつも通りに整えられていた。
「ミュリエル様がお淹れになりますか?」
「いいえ、私は今手が離せないの。最後まであなたが用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げた使用人は、慣れた手つきでポットを傾ける。特におかしなところはないと思うが、最後まで気は抜けない。私は悟られないように気をつけながら、彼女の一挙手一投足を観察した。
結局、不審な点が見つかることはなく、そのまま使用人は下がっていった。当然、この紅茶を飲むことはできないので、私はただ観察をするだけなのだが。
「見た目は、特に問題ないのよね…」
カップを覗き込み、私の顔が映る。
仕方がないことだが、簡単には判明しないことがもどかしい。




