第三十二話
それから私は、病の原因を探り始めた。1度は断念した調査だったが、今の状況で私ができることはこれくらいしかなかったのだ。
私はまず、公爵邸の使用人たちに聞き取り調査を行った。オリヴィエ様が病に倒れられる前から働いていた人には特に念入りに。
どのような生活をなさっていたのか、どのような幼少期を過ごされたのか。どんなに些細なことでも、何かのヒントになるかもしれないと記録に取った。
1週間ほどかけて行った調査の結果、私が知らなかった話が多く出てきた。私が聞いて良い話なのかと迷うものも中にはあったが、私は平等に全ての話を聞くことにした。
それでも、決定的に何か病の原因となりそうなことについての話は出てこなかった。仕方がないことだが落胆は大きい。
だがしかし、たった1つだけ解決の糸口となりそうなものを見つけた。それを詳しく調査するには今の私では力が足りないのだが。
「ミュリエル様、お疲れではありませんか?」
「ありがとう、ミラ。このくらいは平気よ」
情報を整理する合間、ミラが淹れてくれた紅茶を楽しむ。ほっと心が落ち着いて、焦る気持ちを少し和らげることができた。
「それならよろしいのですが… 仕方がないこととはいえ、ずっと作業をなさっているので心配になりますわ。お食事もあまり召し上がっておられませんし」
ミラは、どうかご無理はなさらないでくださいませね、と焼き菓子も置いてくれた。
確かに私は最近、忙しさのあまり食事を疎かにしがちである。また、食欲があまりないのもその理由だ。
なるべくオリヴィエ様のお近くにいることと、調査を両立しているので無理もないが。
現在、公爵邸の使用人への聞き取りが終わり、私は第1王子殿下へのお手紙を認めている。人生で初めて王族の方へ自分から手紙を出すので、緊張して手の震えが止まらない。何度もお会いして、とても気さくな優しい方だということはよく分かっているのだが、やはりまだ私にとって遥か遠い存在であることには変わりがない。
「ミラ、内容を確認してもらえるかしら?」
「はい、もちろんでございます」
私はミラが手紙を確認している間、部屋と窓から庭園を眺めた。もうすっかり外は冬を帯び始めており、近々雪が王都を覆うことだろう。寒くなってくると不安な気持ちというものは膨れるものなのか、私は膨れる不安を見ないふりをしてやり過ごしていた。
「問題はないかと思います。一応、ジャスパーさんにも確認してもらいますか?」
「えぇ、そうね。お願い」
「かしこまりました」
ミラが大丈夫だと言うのなら、きっと問題はないのだろうが、やはりジャスパーに確認してもらえるのであればその方が確実である。
手紙を持って部屋を出て行ったミラを見送り、私は再びカップに口をつけた。
いつまでオリヴィエ様はあの状態なのだろうか、私にできることはこれ以上ないのだろうか。そんなことを考えない時はない。
1番辛いのがオリヴィエ様ご自身であることはよく理解しているつもりだが、こうして何もできずにただ回復を待っている私の精神的な負担も小さくはない。
そして、殿下へ送った手紙の返事はすぐ翌日に届き、その日のうちに私は王城へと参上した。私の不安な気持ちを察してか、通された部屋には殿下の他にエイデン様とロレッタ様も同席されていた。
「皆様、お忙しい中無理を言ってしまい申し訳ございません」
私は深々と頭を下げたが、殿下はすぐにソファへ座るように勧めてくださった。
「ミュリエル様、ご事情は少しお聞きしておりますが、大変なようですわね…」
「はい、オリヴィエ様は現在深い眠りについておられ、もう1週間ほど目を覚まされておりません。公爵家の医師によると、この状況がこれ以上続くようであれば、大変危険だと…」
私はなるべく声の調子を変えないように、いつも通りであることを装って話した。けれど、ロレッタ様にはお見通しだったようだ。両手で私の手を包んでくださり、ここでのお話は外部へ漏れることはありませんが、どうか取り繕わずにお話くださいな、と言われてしまった。
「それで、相談というのは?」
殿下は私からの話をひとしきり聞いた後、いつもより落ち着いた声色で尋ねられた。私は先に出した手紙で、殿下にご相談がありますと書いたのだ。
「実は、オリヴィエ様の病の原因となっているかもしれないものを発見いたしました。まだ調査の段階にも入れていないのですが…」
私は持ってきた包みをローテーブルの上に置いて、縛っていた口を解いた。中には瓶がはいっており、その中には茶色い液体が保管されている。
殿下をはじめ、お三方は不思議そうな目でその瓶を注視された。
「中身は紅茶です。この物自体に危険性があるかはまだ分かりませんので、どうかお手に触れないようお願い致しますね」
お三方が頷かれたのを確認して、私は話を続ける。
「こちらはオリヴィエ様が普段から好んでお飲みになっていた紅茶です。特に変わった物ではないのですが、こちらをお飲みになった後、急激に体調を崩され、現在のような状態に陥られました。私は何かしらの関係性があるのではないかと踏んでおります」
そして、と話を続けるのは、私にも勇気が必要だった。一呼吸おいて、思い切って口を開く。
「そして、こちらの紅茶はライラ・オフェレット伯爵夫人から定期的に贈られていた物でした」
私の発言に、ロレッタ様ははっと息を呑んで口元を手で押さえる。殿下とエイデン様も驚いたような表情で、私の顔をまっすぐ見つめてこられる。
「そんな、まさか…」
「伯爵夫人はヴィーを実の息子のようにかわいがっていた。そんなふうに危害を加えるようなことをするとは思えないね」
いち早く冷静さを取り戻された殿下が、信じられないと首を横に振られた。
私だって、そんなことはにわかに信じられなかった。けれど、この紅茶が長期間にわたって伯爵夫人からオリヴィエ様に贈られていたことだけは、疑いようのない事実なのだ。
「私もそう思いました。そもそもこの紅茶に危険性があるかもまだ分かっておりませんし、これが原因となっている客観的証拠もありません。私はそのことで殿下にお願いがあって参ったのです。殿下、この紅茶を調べていただけないでしょうか?」
私は縋るような気持ちで殿下へ願いを伝えた。
私の現在の身分はアリスタシー伯爵家次女で、オリヴィエ様の婚約者だが、独断でこの紅茶を調査できるだけの権限は持ち合わせていない。もちろん、ジャスパーに頼むことはできるが、公爵邸の人たちにとっても親しい人間であるオフェレット伯爵夫人を疑うような調査は気が向かないであろう。
だからこそ、きちんとした調査手段を持ち、私がお願いをすることができる殿下を頼ったのだ。
殿下がとてもお忙しく、本来はこのようなお願いをすることができるような相手でないことは重々承知の上だ。それでも、私にはこのようなことで頼れる相手が殿下しかいない。
どうか、どうか、と願う。
「…分かったよ。アリスタシー嬢のヴィーを思う気持ちがよく伝わってきた。この調査は私が引き受けよう」
「ありがとうございます!」
私は喜びと感謝を伝え、どうかよろしくお願いします、と付け加えた。




