第二十四話
そんな茶会もつつがなく終わり、王妃様にご挨拶をしてから公爵邸へ帰ってきた。
「おかえりなさいませ、ミュリエル様」
「えぇ。ジャスパー、慌ただしくて申し訳ないのだけれど少し確認したいことがあるの。時間をもらっても良いかしら?」
「…はい、何なりと」
ジャスパーは私からの問いに不思議そうな顔はしつつも、すっと頭を下げて了承した。
私は戻ったそのままの格好でサロンへ足を向けた。後からジャスパーとミラがついてきて、共に入室する。
「さて、ジャスパーも忙しいことですし、早速本題に入るわね」
はい、と頷いたジャスパーの表情は、これから私に問われることを予想しているようだった。
「今日のお茶会に、ライラ・オフェレット伯爵夫人と思われる女性が参加していたの」
ただそれだけの言葉で、状況を察知し驚いた様子のジャスパー。ミラも紅茶を準備する手を一瞬止めた。
「夫人からのご連絡はございませんでしたが…」
「そのはずよね。私は夫人にお会いしたことがないから、彼女が夫人であるということはロレッタ様に確認したの。間違いはないと思うわ。その上で、社交のメインシーズンでもない今の時期に、はるばる王都までお越しになった理由は何かしら、と思って…」
夫人のお住まいである伯爵邸が建つオフェレット伯爵領は、どれだけ急いでも馬車で1週間以上かかるのだ。ちょっと野暮用が、と言って気軽に来られる距離ではない。それに、公爵邸へ何の連絡もなくお越しになることなど今までなかったとジャスパーが言うのだ。夫人は一体何を目的に王都へお越しになったのか。
「調査いたしますか?」
「…いいえ、そこまでのことではないと思うの。夫人にも夫人のご用事があるでしょうし、それを私たちが無闇に詮索するのも良くないわ」
「承知いたしました」
確かに、夫人の目的は気になる。しかし、彼女は幼少期からオリヴィエ様を実の息子のように可愛がってこられた方なのだ。私の勝手な判断で気分を害するようなことがあってはオリヴィエ様に申し訳がない。
「話はそれだけなの。時間をとってくれてありがとう」
「とんでもございません。 …ご主人様のお部屋へ向かわれますか?」
「えぇ、そうね。夕食はあちらでいただくことにするわ」
私はソファから立ち上がり、サロンを出た。一旦仮の自室に戻り、茶会のドレスから着替える。たくさんの人と関わり合ってきた服装のまま、オリヴィエ様の元へ行くわけにはいかないから。
「湯浴みのご準備もできております」
「あら、そうなのね。少し遅くなるけれど、今日はもう入ってしまおうかしら」
先ほどジャスパーに夕食の準備を頼んだばかりだが、せっかく使用人たちが用意してくれた湯を無駄にしたくもない。それに、できればお湯に入って体を清めてからの方がオリヴィエ様にお会いするには良いとお医者様がおっしゃっていた。
「かしこまりました」
ミラはテキパキと準備をしてくれる。思い返してみれば、初めて公爵邸に来た時にもこうしてミラたちが湯浴みの手伝いをしてくれた。当時は慣れないことで気恥ずかしかったけれど、半年以上が経ってそのような感情はもう自然となくなった。
「ミラが側についてくれるようになってから、もう半年も経つのね…」
ぼそっと小さな独り言のつもりだったけれど、ミラの耳にはしっかり届いていたようだ。
「そうでございますね。ミュリエル様がこちらへいらしてばかりの頃と比べると、随分お強くなられたと思いますわ」
ミラの言葉に、クエスチョンマークが浮かぶ。
「強く? 特に変わったところはないと思うのだけれど」
「いえ、確かにお強くなられましたよ。私がミュリエル様に初めてお会いした時は、失礼ながらお年よりも幼い印象を受けました。ですが、ご主人様と過ごされ、社交界でもご活躍になり、今では立派な淑女になられたと思いますわ」
ミラは私が申し上げても良いことではありませんが、と笑いながら言う。
「そんなふうに思ってくれていたのね。純粋に、嬉しいわ。私が慣れない公爵邸という環境で不自由を感じることなく過ごせるようになったのはミラのおかげよ。とても感謝しているわ」
私は一般的な貴族令嬢とは異なる生活を送ってきた。それゆえに、ここへ来たばかりの頃は公爵邸での勝手もよく分からず戸惑いながら生活していた。そんな私を1番近くで支えてくれたのは他の誰でもなくミラなのだ。
ミラからすれば、私は主人が急に連れてきたどこの誰かもよく分からない令嬢で、そんな私の側付きに指名されたのだから驚きと困惑もあっただろう。それにもかかわらずこうして献身的に仕えてくれるのだから、私も彼女の働きに報いなければならない。
「勿体無いお言葉でございますわ。ミュリエル様がご成長なさったのは、ご自身のたゆまぬ努力によるものです。私どもの助力は、あくまで助力にすぎません。ご自身が強い心を持ってレッスンに励み、環境に慣れようとなさったからこそ、今のミュリエル様があるのですよ」
ミラはにっこりと笑って礼をし、準備が整いましたと言った。
「ありがとう、ミラ」
ミラたちが用意してくれた湯に浸かると、体に蓄積された疲れが流れ出るようだった。
長湯にならないうちに湯から上がった私は、軽く身支度を整えてオリヴィエ様のお部屋へ移動した。扉の前には給仕係がいて、出来立ての夕食を届けに来たところだった。
「ありがとう、私が中へ運ぶわ」
「承知いたしました」
ぺこりと頭を下げた給仕係を横目に、サービングカートを押して中へ入った。
「あら、オリヴィエ様。お目覚めですか?」
「…はい」
まだ長い眠りから覚めたばかりのご様子のオリヴィエ様は、覗き込んだ私の目を虚に見つめる。
「私は今からこちらで夕食をいただこうかと思っていたのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
その返事を聞いて、水差しでオリヴィエ様の口に水を含ませ、ご気分はいかがですか、と問う。
「悪くは、ありません。すぐにミュリーが来てくれたので…」
「ふふっ、それはよかったです。私も、目を覚ましているオリヴィエ様にお会いできて嬉しいですわ」
オリヴィエ様は1日のほとんどを眠って過ごされている。だから、私が起きているオリヴィエ様と会えるのはほんの短い時間だけなのだ。しかも、今日はこうして時間が重なったから良かったが、私がこの部屋にいないこともある。本当に貴重な時間となってしまっているのが現状だ。
「…ミュリーは、何を食べるのですか?」
「今日はビーフパイですね。料理長が気を利かせてくれたようです」
私は料理長が作るビーフパイが大好きなのだ。久しぶりに社交界へ出た私を労うために作ってくれたのだと想像がつく。
オリヴィエ様はわずかに口角をあげ、ミュリーはそれが好きですよね、と笑った。




