表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
諦めの悪い伯爵令嬢は、婚約者様の人生最後で最大の願いを絶対に叶えたくないのです  作者: らしか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/51

第十六話

本来、結婚式の準備は1年ほどかけて行われる。幼い頃から婚約が結ばれていた場合は、もっと長い時間をかけることも珍しくない。結婚が両家の繋がりを強くするものである以上、それを周囲に示す式が重要視されるのは理解できる。


翌日から、私は使用人たちと共に準備に取り掛かった。私には分からないことが多すぎるので、しっかりとした知識を持つ使用人たちの助けが必要不可欠。何せ、時間もないのだから。


私が直接行わなければならないことは大きく分けて3つ。ドレスの準備、参列者への招待状準備、パーティーの手配だ。オリヴィエ様も分担して進めてくださるとはおっしゃっていたけれど、大きな仕事のない私が出来る限り担うべきだと思っている。



「ミュリエル様、ドレスのデザイン画が到着いたしました」


数日後、私の元に大量のデザイン画が届けられた。これらは各ブティックが私のためにデザインし送ってきたもの。使用人の説明によると、私がどこのドレスを身に纏うかで、そのブティックの今後が大きく変わるとのことだ。そう聞けば、どうにかして私に選んでもらおうとたくさんのデザイン画を送ってくるのは納得できる。


「ミラ、それぞれのデザイン画がどこのものか分からないようにしてから渡してもらえるかしら?」

「かしこまりました」


私の側付きであるミラはせっせとブティックの名前を隠し、手渡してくれた。彼女はいつも仕事が丁寧で年も近いため、最近は近くにいることが1番多い使用人だ。


「こんなにたくさんあるのね… 一通り確認するだけでも時間がかかりそうだわ」


ざっと見るだけでも数十枚。おそらく1つのブティックから何枚も送られてきているのだろう。


「ミラ、あなたも一緒に見てくれる? 私1人ではどうにも決まりそうにないもの」

「よろしいのですか?」

「えぇ」


貴族令嬢らしい生活をし始めてからまだ数ヶ月。最近の流行や傾向は私には分からない。仕事柄、私よりもよほど詳しいであろうミラに協力してもらった方が圧倒的に心強いのだ。


私とミラはパラパラとデザイン画をめくりつつ、候補を挙げていった。特にこだわりがない私には絞り込んでいく作業が難しかったが、ミラのおかげでなんとか3つにまで絞られた。


「ミュリエル様は普段からAラインのドレスをお好みになりますが、結婚式でも変わらずAラインをお選びになりますか?」


ミラの指摘通り、現在手元に残している3つの候補たちは全て、Aラインのドレスだ。最近の社交界ではもっぱらプリンセスラインのドレスが流行しているそうなので、私の選択は流行外れということになる。


「そうね… 変に目立たないことを目的とするのなら、流行に乗ってプリンセスラインを選ぶのが良いと思うのだけれど、あまり広がったドレスは得意ではないの」

「確かに、プリンセスラインなどのドレスは所作が他のドレスよりも難しいとされております。ですが、ミュリエル様でしたら少し練習をなさればすぐに習得されると思いますよ」


ミラはそう言ってくれたけれど、私にはその自信がない。大勢の参列者の前で醜態を晒すわけにはいかないので、やはりAラインのドレスが良い。そもそもあまり華美なものは好まないので、私の趣向にも合っているのだ。


最終的に選ばれたのは、5分丈のレース袖がついたAラインドレスだった。このデザインは全体的にレース使いが繊細で美しく、他のデザイン画よりも目を惹いたのだ。


「どこのブティックのものかしら。確認して連絡を取ってもらえる?」

「はい、ただいま」


私からデザイン画を受け取り、隠してあったブティックの名前を確認するミラ。その名前を目にした途端、ミラの動きがピタリと止まった。


「どうかしたの?」

「…いえ、問題ございません。ただ、こちらのブティックは最近王都で出店されたばかりの店で、まだご令嬢方にはあまり認知されていないところなのです」


つまりは、有名なブティックたちが私に選ばれるために全力を出してきたにも関わらず、まだ無名の小さなブティックのものを選んでしまったということか。


「変更した方が良いのかしら。私はここのものが気に入ったのだけれど」


私が選んだドレスを見て、公爵家の品位を疑われては困る。私にはその基準がよく分からないので、ミラの判断を参考にしたい。


「いえ、とんでもございません。今はまだあまり有名でなくても、ミュリエル様がお召しになれば一躍人気ブティックになりますので何の問題もございませんよ。何より、私はこのドレスがミュリエル様にとてもよくお似合いになると思います」


ミラはにこやかに、私を安心させるかのように笑って言った。

私はミラのおかげで意思が固まり、正式にブティックへ連絡を取るように指示を出した。



数日後、私の連絡に応じて公爵邸へやってきたのは若い女性だった。まだ幼さが残り、大して私と歳が離れていないような印象を受ける。


「お、お初にお目にかかります。今回はこのような名誉な機会をいただき大変光栄に存じます」


彼女は大層緊張している様子。確かに、王家の次に権威ある貴族家のグランジュ公爵邸へ呼び出されれば、大抵の人はこのような状態になるだろう。


「どうぞおかけになって。お話は長くなるでしょうから」


おずおずとした様子でゆっくり腰を下ろした彼女と、早速打ち合わせを始める。

基本的には私の隣に控えているミラが話してくれるので、私は細かな要望を伝えるだけで良い。


「納期は半年後、初期のデザイン画から修正をしていただきたい箇所がこちらに。代金はいくらかかっても構わないので、ミュリエル様が最も輝くドレスを仕立てるように、と公爵様より言伝を預かっております」

「か、かしこまりました。誠心誠意努めさせていただきます」


これが彼女にとって大抜擢であることは、彼女自身が1番理解しているはずだ。きっと、腕によりをかけて取り組んでくれるだろう。


ある程度話がまとまったところで、私はもう1つの本題を切り出した。


「ウェディングドレスの他に、お茶会やパーティーに参加する際に着られるようなドレスもオーダーしたいの。もちろん、ウェディングドレスが仕上がってからで構わないのだけれど、頼めるかしら?」


私は彼女のデザイン画を見て、その繊細さを気に入った。できれば他のドレスも頼みたいと思うほどに。けれど、彼女のブティックはごく少数のお針子のみで運営されていると聞いているので無理は言えない。ただでさえ、半年でウェディングドレスをと頼んでいるのも酷なのに。


「…それはもちろんお受けできますが、その… よろしいのでしょうか? お嬢様は現在の社交界で大変影響力をお持ちであるとお聞きしております。そのようなお方がお召しになるものを、私どもの小さなブティックで担当して何かあれば…」


自信がない、と言いたいのであろう。彼女の気持ちは私にも痛いほど分かる。自分を自分以上に評価してくれる人が急に現れると、戸惑い、その差に置いていかれるような感覚があるのだ。

けれど、少なくとも私は彼女がデザインするドレスを良いと思って頼んでいる。それに、ミラも今の流行ではないことを認めつつ、良いデザインだと褒めていた。私はともかく、ミラがそう言うのであればきっと社交界においても何か揶揄されることはないだろう。


「僭越ながら口出しさせていただきます。ミュリエル様はあなた方のブティックでデザインされるドレスを気に入られ、このようにオーダーされています。その事実だけでは不十分でしょうか?」


私がどう言葉をかけようか迷っている間に、ミラが助け舟を出してくれた。こういった対応力の高さも、私がミラを側に置く理由の1つ。


「はい、大変失礼いたしました。オーダー、確かに受けさせていただきます」


彼女は深々と頭を下げ、晴れやかな表情で公爵邸を去って行った。私だけではこうは行かなかっただろう。


「ありがとう、ミラ」

「とんでもございません。ミュリエル様のお役に立てたようで何よりでございますわ」


ミラは、あくまで仕事をこなしただけです、と言いたげな表情をしつつどこか嬉しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ