第十四話
「今日はミュリエルちゃんに聞きたいことがたくさんあるのよ。もちろん、答えたくないことは答えなくても大丈夫よ。あくまで私はミュリエルちゃんと仲良くなりたいだけなの」
王妃様はオリヴィエ様がおっしゃっていた通りとてもお優しい方のようだ。本来は私からどんな話でも聞き出すことができるだけの地位と権力をお持ちであるのに、私の気持ちを優先してくださる上、私が緊張しすぎていることを悟ってか、仲良くなりたいとおっしゃってくださった。
柔らかい日差しが差し込むガゼボの中で、お茶をいただきながら弾む談笑。初めこそ緊張で上手く話せなかったが、次第に王妃様の人柄も分かり、会話を楽しめるようになってきた。
「私、ミュリエルちゃんとオリヴィエの馴れ初めを聞きたいわ! どうして2人は婚約することになったのかしら?」
「それは私もぜひお聞きしたいですわ。詳しいお話は何も伺っておりませんもの」
王妃様のお言葉で、場の話題は完全に私たち2人の婚約に関するものに移った。
実はロレッタ様にも詳細は話しておらず、第1王子殿下とエイデン様に軽く説明がなされたくらいである。殿下を通じて婚約者であるロレッタ様には共有がされているとは思うが。
「馴れ初め、ですか。どこからお話をすれば良いのか分かりませんが… 幼い頃から個人間で交流がありまして、オリヴィエ様とは5年近く連絡を取っておりました。オリヴィエ様が病に伏せっておられた5年の間は全く交流がなかったのですが、3ヶ月前に突然我が家へお見えになり、婚約に至った、という経緯になりますわ」
オリヴィエ様の希望で文通のことはお話しできないので、私がお2人に語れる馴れ初めはこの程度だ。仕方がないとはいえ、これだけ聞くとオリヴィエ様が少々突飛な行動を起こしたように感じるかもしれない。いや、実際に突飛ではあったのだが。
「なるほど、幼少期から面識があったということね。それなら納得だわ」
王妃様は謎が解けたわ、という表情をなさったが、少々誤解がある。ロレッタ様の様子も伺うが、同様だ。
「いえ、面識はございませんでした。あくまで連絡を取り合っていただけの友人関係に過ぎず、オリヴィエ様とお会いしたのはその3ヶ月前の訪問時が初めてでした」
もはやここまで言ってしまえば、文通をしていたと言うのとほぼ同じだが。
私の言葉に、王妃様とロレッタ様は面を食らったように目を丸くなさった。先に冷静になられたのは王妃様。
「待ってちょうだい。まさか、会ってその場で婚約が決められたの?」
「…そうなりますね。実際は私の父とオリヴィエ様が2人でお話を進められたので、私が婚約のことを知ったのはグランジュ公爵邸で説明を受けてからになりますが」
王妃様は私からの追加説明を聞いて、小さく、ありえないわ… と呟かれた。ロレッタ様は情報を上手く処理できていないようで、半分放心状態だ。
「ミュリエルちゃん、それはありえないわよ。いくらなんでも、本人に求婚をしてから婚約するものでしょうに!」
王妃様の声が庭園に拡散した。少し離れたところに控えていた近衛兵が驚いてこちらの様子を伺ったけれど、冷静になったロレッタ様の指示で元の位置へと戻っていった。
「確かに、ローズ様のおっしゃる通りですわ。公爵ったら何を考えているのかしら…」
「本当よ! いくら政略結婚だったとしても、形式的に求婚をするのは当たり前のことだわ!」
本人の意思を無視して婚約を結ぶだなんていつの時代の話よ! と少々興奮気味の王妃様。私の認識としては、そのようなケースも多くはないけれど今でもみられるものだと思っていた。しかし、どうやら違うようだ。
「これは、オリヴィエを詰める必要がありそうだわ…」
「えぇ、ぜひそう致しましょう。私も協力させていただきますわ!」
私が自分の認識と世の常識とを照らし合わせている間に、何やら物騒なお話が進んでいた。私は慌てておふたりにストップをかける。
「お待ちくださいませ、王妃様、ロレッタ様。確かに公爵邸に来てから婚約のことを明かされて驚きはしましたが、今となっては特に気にしていないのです。オリヴィエ様にはよくしていただいていますし、その…愛情表現、もしていただいています、わ…」
自分で言っておきながら、段々と恥ずかしさが優ってきた。結果、尻すぼみのようになっていった。
王妃様とロレッタ様はというと、両者共にキラキラと目を輝かせ、まるで新しいおもちゃを与えられた幼子のよう。
「お聞きになりまして!?」
「もちろんよ! ミュリエルちゃん、その話、もっと詳しく聞かせてちょうだい!」
それから、私はこれまでのオリヴィエ様との会話を話せる範囲で全て聞き出され、最終的には真っ赤になった顔を両手で覆う羽目になった。
そんな私とは相反して、王妃様とロレッタ様は大層楽しそうなご様子。
「も、もう、ご容赦くださいませ…」
「あらぁ、ミュリエルちゃんったらかわいいわ。耳まで真っ赤よ」
王妃様からの指摘に、より体温が上がった気がする。
「ミュリエルちゃんは満更でもないのね。少し安心したわ」
「確かに、1ヶ月前のパーティーの時と比べると、ミュリエル様の公爵への想いが強くなっているように感じますわ」
ロレッタ様の指摘があまりにも的を得ている。
私はこの1ヶ月で自分の気持ちを整理し、オリヴィエ様への想いをはっきりとさせた。まだ誰にも話していないけれど、見える形で表に出ているのだろうか。
「素敵だわ、アルフレッドとロレッタちゃんの関係とはまた違って。私までドキドキしてしまうもの」
「どうしてなのでしょうね、こんなにも心が踊ってしまうのは。ミュリエル様の反応が初々しいからでしょうか?」
「ロレッタちゃん、その通りよ! きっとそうに違いないわ」
恥ずかしさで消えてしまいそうになっている私と、互いにがっしりと握手をして意気投合しておられる王妃様とロレッタ様。ただお話をしていただけなのにも関わらず、こんなにも心の体力的何かを削られたのは初めてだ。
「そういえば、先日のパーティーでも公爵がミュリエル様からほとんど離れないせいで、周りの人間が萎縮しておりましたわ」
ロレッタ様がパーティーでの話を持ち出したせいで、参加なさっていなかった王妃様は詳しい話を聞こうとロレッタ様に説明を求める。
もはや、私が何を言ったところで止められそうにない。
「私、公爵は愛のない結婚をするものだとばかり思っていましたわ」
「私もよ。オリヴィエは子どもの頃からどこか世の中を達観していて、子どもらしからぬ子どもだったもの。それに、病で社交界に出ていなかったとはいえ、女性との噂も一切聞いたことがなかったくらいよ」
このお話は、国王陛下への謁見に参上した際、第1王子殿下とエイデン様からお聞きした。オリヴィエ様の幼少期からのご友人であるおふたりに加えて、王妃様とロレッタ様までもがそうおっしゃるのなら、きっと社交界全体の認識も同様なのだろう。
「どんな令嬢が声をかけても当たり障りのない対応しかしないことで有名でしたわね。まさかパーティーで堂々と抱き寄せるようなことをするとは夢にも思いませんでしたわ」
ロレッタ様は王妃様という火にどんどん油を注いでいく。もはやわざとやっているのではないかと思うほどに。
王妃様のテンションは上がりっぱなしで、何から聞こうかとワクワクが抑えきれないご様子。




