第十三話
ディルヴァーン侯爵邸でのパーティーから約1ヶ月の間、私はさまざまな社交の場へ赴く日々を過ごしていた。基本的にはロレッタ様と一緒に参加することが多かったけれど、最近は1人で飛び込んでみることも増えてきた。公爵邸に来たばかりの頃とは打って変わって、随分と自然に社交をこなせるようになって来たと思う。
「ミュリー、明日は何をして過ごす予定ですか?」
「明日は、ロレッタ様と共に王城へ参上する予定です。王妃様からお誘いを頂戴いたしまして…」
正直、緊張で押しつぶされそうになっている。第1王子殿下の婚約者であるロレッタ様はまだしも、私にまで招待が届くとは思ってもいなかったのだ。ある意味、国王陛下への謁見よりもずっと緊張しているかもしれない。
「そうでしたか。心配する必要はありませんよ。王妃様は私やロレッタを実の子どものように可愛がってくださいましたから、きっとミュリーに対しても温かく接してくださるはずです」
「オリヴィエ様がそうおっしゃるのでしたら…」
私は王妃様とお会いしたことがないのでどのような方なのか分からない。何度もお会いしているオリヴィエ様の言うことを信用するほかない。
「ミュリーは最近社交に力を入れているみたいですし、実際社交界での評判はとても良いです。もっと自信を持ってもいいのですよ」
オリヴィエ様はいつも、不安そうにしている私を励ましてくれる。そっと背中を押してくれる。どうして彼は、私が欲しい言葉を常に選択し続けることができるのだろうか。
ここ1ヶ月、私はずっとロレッタ様の言葉を頭の中で繰り返し再生している。
『ミュリエル様は、公爵のどんなところを慕っておられるのですか?』
私はこの質問に答えることができなかった。そのことが私の中で引っかかっていて、いつか自分の言葉で説明できるようになりたいという思いを持ち続けている。
最近のオリヴィエ様は、私が公爵邸に来たばかりの頃よりも仕事に余裕がある様子で、共に過ごす時間もかなり増えた。つい数日前には、1日お休みを作ってくださって、街へ出かけた。景色が綺麗な緑地へ行ったり、若い男女に人気のカフェへ行ったり。さながら平民の恋人同士のように外出をしたものだ。
そんなふうに過ごすと、私は自分の速くなる鼓動の意味をいやでも理解した。
あぁ、私は彼のことが好きなのだ、と。
私がそれを認めることができたのは、あらゆる不安をオリヴィエ様が解決してくれたからだ。
釣り合わない婚約ではないか、私は彼のお荷物になってしまうのではないか。そんな絶えることなく浮かび上がってくる不安は、無意識にオリヴィエ様を好いてはならないという心の枷になっていた。
それでもオリヴィエ様は根気強く私に思いを伝え続けてくれた。初めは婚約者としての役割を全うするための行動だと思っていたけれど、さすがの私にも、本気であると伝わってきた。何より、これ以上彼の思いを疑うのは失礼だと気がついた。
だから私は認めた。私の意思を尊重し、大切にしてくれるオリヴィエ様のことが好きだ。
幼い頃に偶然始まった文通のおかげで、こうして彼に出会うことができた私はとても幸運な人間だと思う。その上で一生を共にすることができるのだから、巡り合わせとは不思議なものだ。
今の私は、整理のついた自分の気持ちを、いつどのようにして本人に伝えるか頭を悩ませている。
いつもオリヴィエ様は何気ない日常の中で自然に愛情表現をしてくれる。けれど私にはあまりにもハードルが高く、とてもではないが真似できない。それに、普段そのようなことを全く口にしない私から急に言われても、オリヴィエ様が混乱するだけ。
何か良い方法はないだろうか、と考えているうちに日は変わり、王城へと到着した。
ここからは余計なことは考えず、オリヴィエ様の婚約者として相応しい振る舞いをすることだけを意識しておかなければならない。
王城の使用人によって案内されたのは、庭園の中にあるガゼボだった。まだ王妃様とロレッタ様はお見えになっておらず、少しここで待つように言われた。
無作法にならないよう気をつけつつ、庭園を眺めてみる。国王陛下への謁見に参上した際にオリヴィエ様から案内を受けた庭園とは違う場所のようだ。あちらは綺麗に整えられ、まさに王城の庭園として相応しい風格を持っていたが、こちらはどこか穏やかな落ち着く雰囲気となっている。庭園というものは、庭師や主人の趣向によって表情を変える生き物であると先日教わったので、きっと王城でもそれが当てはまるのだろう。
「ミュリエル様、お早いのですね」
「ロレッタ様、先日ぶりですわ」
本日も薔薇のように赤いドレスを身に纏い、圧倒的な存在感を放って現れたロレッタ様。場の主人公らしいオーラは、生まれ持ったものなのか、経験によって培われたものなのか。
私の隣の席へ腰を下ろしたロレッタ様は、こうして落ち着いた場所でお話しするのは久しぶりのような気がします、と笑った。
「最近は忙しい日々を送っておりますからね。本当はロレッタ様とゆっくりお話ししたいのですけれど…」
「あら、嬉しいお言葉ですわ。今日は私と王妃様の3人しかいない気楽な会ですから、ぜひたくさんお話ししましょうね」
ロレッタ様はそう言うとスッと立ち上がり、現れたご婦人に向かって淑女の礼をした。私も内心慌てつつ平静を装って立ち上がり、礼をする。
「王妃殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」
「お初にお目にかかります、ミュリエル・アリスタシーと申します」
場慣れしているロレッタ様に倣い、上手く挨拶ができた。本当に、彼女の存在には感謝してもしきれない。私が1人でこの場に臨んでいたら、きっと緊張でタイミングを失い、失礼な態度をとってしまうことになっていただろう。
「おふたりともご丁寧にどうもありがとう。私のことは気軽にローズと呼んでくださいな」
王妃様の口から飛び出した明らかに愛称であるお名前。私とて、さすがに王妃様のお名前くらい存じ上げている。
このまま愛称でお呼びすることを受け入れるべきか、指示に刃向かい正式なお名前でお呼びするか、必死にどちらが良いか考えた。
「ローズマリー様、ミュリエル様がお困りになっておられますわ。どうかそのあたりでご容赦くださいませ」
「あら残念。オリヴィエの婚約者さんは私の娘みたいなものなのに…」
王妃様はしょんぼりした様子で空いていた最後の1席に腰を下ろされた。私もロレッタ様が座られるのを横目に腰を下ろした。
「ところで、ロレッタちゃんは彼女のことをなんと呼んでいるの?」
「私はミュリエル様、とお呼びしていますわ」
王妃様は初めて会う私の呼び方を決めるところから始めようとなさった。私としてはなんと呼んでいただいても構わないのだけれど。
「それなら、ミュリエルちゃんと呼んでもいいかしら?」
「はい、問題ございません」
私の返答がお気に召さなかったのか、王妃様は少々不満げだ。
「もうっ、ミュリエルちゃんったら硬すぎるわ。もっとリラックスしても良いのよ、ここは人目につかない場所ですからね」
「ぜ、善処いたします」
ロレッタ様は可笑しそうに笑い、王妃様は仕方がないわね、と言ってカップに口をつけられた。私は失礼の内容にという意識と王妃様のご希望に沿わなければという意識に挟まれていた。
「今日2人を招待したのは他でもなく、ミュリエルちゃんとお話がしたいと思ったからなの。アルフレッドに相談したら、ミュリエルちゃんは緊張しいだからロレッタちゃんも一緒の方が良いと言われたのよ。迷惑ではなかったかしら?」
内心、第1王子殿下に深々と感謝の意を伝えずにはいられなかった。この場にロレッタ様がいなかったらと考えると、どうにかなってしまいそうだ。
「いえ、光栄でございます」
「私も、ミュリエル様とゆっくりお話ができる場を設けてくださったことに感謝致しておりますわ」
私とロレッタ様の返答を聞いた王妃様は、アルフレッドもたまには役に立ってくれるわね、と母親らしい顔をされた。




