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諦めの悪い伯爵令嬢は、婚約者様の人生最後で最大の願いを絶対に叶えたくないのです  作者: らしか


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第十一話

殿下と離れてすぐ、会場内に演奏が流れ始めた。


「ダンスの時間が始まるようですね」


今日のパーティーはそこまで堅苦しいものではないが、社交界のルールに則り、皆一度はパートナーと踊るそうだ。私も、今日はオリヴィエ様とファーストダンスを踊る予定になっている。あまり腕に自信がなかったので教育係に指導をしてもらったが、人前で披露できるほどまで上達したかは分からない。


最初のダンスは、このパーティーを主催したディルヴァーン侯爵家の方々だけで踊られる。今回はロレッタ様だけがその枠に当てはまることになる。


「そういえば、ロレッタ様のお相手はどなたなのでしょうか?」


パーティーが始まってからかなりの時間が経過したけれど、一度もロレッタ様がパートナーと思わしき方と行動を共にしている姿を見ていない。

オリヴィエ様は少し考えてから、じきに分かりますよ、と言って微笑んだ。

ご存知なら教えてくださればいいのに、と思いつつも何か思惑があるのかもしれないのでそれ以上追求することはしなかった。


「ロレッタ様には婚約者がいらっしゃらないですし、ご家族の方でしょうか…」


貴族の子どもの多くは幼少期に婚約者を決めることが多いが、もちろん例外もある。ロレッタ様もそのおひとりだ。

パーティーにおいて、婚約者などパートナーとなる相手がいない場合は異性の家族が務めると教わったので、ロレッタ様もそうなさるのかもしれない。


しかし、しばらく経ってロレッタ様の手を取り会場の中央へ出てきたのは私の知っている人物だった。


「…殿下!?」


驚きのあまり淑女としては少々大きすぎる声が出てしまったけれど、私が悪目立ちすることはなかった。なぜなら、会場中がザワザワと騒がしくなったから。

そんな喧騒もよそに、ロレッタ様と殿下のダンスは始まった。


「えぇと、ロレッタ様と殿下は婚約なさったということでよろしいのでしょうか…」

「そういうことになりますね」


本来、王族の婚約や結婚は国民に大々的に発表されるのが普通であることは、さすがの私でも知っている。今回のようにパーティーでしれっと公表されるものではないはずだ。


「王族の方の婚約は書面等で正式に発表されるものだとばかり思っておりましたわ」

「珍しいですが、前例のないことではありませんよ」

「そ、うなのですね…」


オリヴィエ様の口ぶりからして、婚約のことは事前にご存知だったのだろう。


「アルも私に負けず劣らずの一途っぷりですからね」

「…?」


どういう意味だろうか、と受け取り方に迷っている私の様子を見て、補足をしてくれた。


「ロレッタがこの歳になっても婚約者を決めていないことを、不思議には思いませんでしたか?」

「…はい。社交界で華と呼ばれておられるロレッタ様であれば、すぐに婚約者が決まってもおかしくないのに」


オリヴィエ様は、そうですね、と頷いて続けた。


「殿下はまだ私たちが幼い頃からずっと、ロレッタのことを想い続けているのですよ。殿下から求婚され続けていたロレッタは、他に相手を探すことも出来ませんからね。それでも、つい最近までは決定打に欠けていたようですが」


そのような背景があったとは全く知らなかった。驚きは大きいが、中央で優雅に舞っている2人を見るととてもお似合いだなと思う。


そうこうしているうちに1曲目が終わり、次の曲へと移行していた。いつのまにか殿下とロレッタ様も中央から姿を消し、代わりに大勢の貴族たちが集まっていた。


「今は始まったばかりで人も多いですし、私たちはもう少し経ってから踊ることにしましょうか」

「分かりました」


私はまだ大勢の中で踊れるほどのスキルを持っていない。できれば人が少なくなり、スペース的に余裕ができてからの方が踊りやすくて良いと思っていたので、オリヴィエ様からの提案はとてもありがたい。


その時が来るのを待ちつつ、変わらず席でゆったりしていると、ロレッタ様が戻っていらした。お隣に殿下を伴って。


「ようやくミュリエル様の元に帰ってこられましたわ」

「ふふっ、おかえりなさいませ。お疲れ様でした」


少々大袈裟に疲れたという様子を見せたロレッタ様に、思わず笑みが溢れてしまう。先ほどまでは中央で注目を一心に浴びながらも堂々と振る舞っておられたのに、今ではすっかり私の知っているロレッタ様だ。


「私、ずっとミュリエル様のお隣にいたいですわ」


ロレッタ様の言葉に、私よりも先にオリヴィエ様と殿下が同時に反応された。


「だめです」「無理だね」


おふたりのあまりにも速い否定に、ロレッタ様は不満なご様子。私は口を挟むタイミングを見失った。


「ひどいですわ、おふたりとも。私はきちんと殿下のパートナーを務めましたのに、ご褒美のひとつもいただけないのですね」


ロレッタ様はそう言うと、私の腕にギュッと抱きついておふたりを睨んだ。

初めて会った時との印象がかけ離れていて、同じ人物であることを忘れてしまいそうになる。私としては今のロレッタ様の方が親しみやすくて良いけれど。


「たとえご褒美だとしても、ミュリーは貸せません。アルに何か強請ってください!」

「いやですわ、私はミュリエル様が良いのですもの!」


さながら、わがままお姫様のようだ。ロレッタ様が本気ではないのを分かっているので、私は可笑しくて笑ってしまう。


「ミュリーもアルも、笑っていないで何とか言ってくださいよ」

「うーん、うちの姫君は強情だからねぇ。私が何を言っても、従ってはくれないんだから」


殿下はやれやれと首を振っている。それを見たオリヴィエ様は、もうだめだと呆れてしまった。


「全く、失礼ですわね。私はただミュリエル様と仲良くしたいだけですのに」

「私も、ロレッタ様とは仲良くしていただきたいですわ」

「お聞きになりまして? ミュリエル様もこうおっしゃっているではありませんか」


最終的に、オリヴィエ様と殿下が折れ、しばらく私の隣はロレッタ様が占有することとなった。



「ところでロレッタ様、お聞きしたいことがあるのですけれど…」


つつがない談笑が続いていた中で、私はどうしても気になっていたことを聞く決心をした。


「殿下とはご婚約をなさったという認識で間違いありませんか?」


先ほどもオリヴィエ様に確認したが、やはり本人に聞いてからお祝いするのが筋というものだろう。

ロレッタ様は表情を変えることなく、淡々と肯定した。


「おめでとうございます、ロレッタ様、第1王子殿下」


この国にとって、ロレッタ様と殿下が婚約なさったことはこの上なくめでたい出来事である。私は友人の1人として、心から2人をお祝いしたい。


「ありがとうございます、ミュリエル様」

「ありがとう、アリスタシー嬢」


私からの祝福を受けたロレッタ様と殿下は、少し顔を見合わせて微笑んだ。

見ているこちらが幸せな気分になってくる。


他にも聞きたいことは色々あったけれど、今全てを聞いてしまうのはなんだか勿体無い気がした。まだこれから時間はたくさんあるのだから。




「そろそろ2人も踊って来なよ。みんな君たちに注目してうずうずしているよ」

「確かにそうですね。ミュリー、行きましょう」

「はい、オリヴィエ様」


私はオリヴィエ様の手を取り、2人で中央へと歩き出した。

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