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願いの代償  作者: 神谷嶺心
第1章 — 姿を消すことの代償
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第8話 — 聞きたくなかった言葉

「言葉にしたくなかったものほど、心に残る。」


受付を出た瞬間、ノゾミは外に立つシンジの姿を見た。

まるで、彼女が早退することを知っていたかのように。


足が止まる。

心が凍る。

数歩進もうとするが、体が拒絶する。


目を伏せて、気づかれないように歩き出す。

だが、すぐに限界が訪れる。


「ノゾミ!…ノゾミ!」


彼は足早に近づいてくる。

ノゾミは聞こえないふりをする。

だが、肩に手が触れた瞬間——

体が本能的に拒絶するような寒気が走る。


「話したかったんだ…

あんなこと言われたまま、何も話せなかったから。」


ノゾミが望んでいたのは、

この会話を避けること。

少なくとも、直接ではなく。


顔を向けて、目を合わせる。

だが、表情には抑えきれない苛立ちが滲む。


「お願い、シンジ。ここではやめて。

家に着いたらメッセージ送るから。」


彼は彼女が背を向ける前に言葉を続ける。

すでに、心が離れていることを感じながら。


「俺が何を間違えたっていうんだ?

男としてできることは全部した。

マンションも買ったし、君の両親にも好かれてる。

確かに酷いことも言ったけど…

それでも離婚する必要があるのか?」


ノゾミは数歩進んだ後、立ち止まる。

目には涙が溜まっていた。

だが、振り返らずに答える。


「私はずっとあなたの味方だった。

酷いことを言われても、耐えてきた。

二人のために、私が強くなろうとした。

あなたが変わってくれるって…

私を見てくれるって…信じたかった。」


「高価なプレゼントや、家族への気遣いが——

私を幸せにすると思ったの?」


涙はこぼれなかった。

だが、胸は締めつけられていた。


シンジは壁にもたれ、

拳を握りしめて壁を叩き始める。


ノゾミは何も言わず、振り返ることなく歩き出す。


周囲の世界は、まるで存在しないかのようだった。

騒がしい交通。

急ぎ足の車の音。

人混みの中、目的もなく歩き続ける。


数分が過ぎ、ようやく気持ちを落ち着ける。

気づけば、どこを歩いてきたのかも分からない。


目の前にはアイスクリーム屋。

少し座って休むことにした。


バニラアイスを食べながら、

ぼんやりと周囲を見渡す。


「これでよかったんだ…

ずっと言いたかったことを、やっと言えた。」


その時、通知音が鳴る。

弱った心が、期待で高鳴る。


——レン?


アイスを食べ終え、冷静を装う。

だが、手は微かに震えていた。


顔を拭き、スマホを手に取る。

画面を開く。


「新しい通知…シンジ。」


世界が悪戯をしているような気がした。


「ノゾミ…俺は変わったって証明したい。

もう一度チャンスをくれないか?

今夜、夕食に付き合ってくれないか?」


何も考えられず、スマホをしまう。

少し前に見かけた服屋を思い出す。

レンとの再会のために買いたかったワンピースが、まだ飾られていた。


立ち上がり、歩き出そうとしたその時——

通知音。


感情が一気に押し寄せる。

苛立ち。

不安。

願い。


再びスマホを手に取る。


「新しい通知…シンジ。」


「ノゾミ…君がいないと、俺は存在できない。

もし俺がこの世を去ったら——君はどうする?」

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