第7話 — 触れられない叫び
「届かない声ほど、心に残る。」
ノゾミの姿を見つけた瞬間、レンは通りを駆け抜けた。
左右を確認することもなく。
——誰にも見えない存在に、そんな些細なことは意味を持たない。
彼は叫んだ。
「ノゾミ!」
その声は、まるで彼自身の心の中に響くだけの残響だった。
誰にも届かず、彼女にも——届かなかった。
レンは手を伸ばした。
彼女の手を掴もうとして——すり抜けた。
胸に、鋭い痛みが走る。
彼はその場に立ち止まり、顔を両手で覆い、
空に向かって叫んだ。
まるで、宇宙そのものがこの苦しみの原因であるかのように。
深く息を吐き、再び歩き出す。
ノゾミはゆっくりと人混みの中を進んでいた。
彼は焦りながら、その後ろ姿を追いかける。
何も考えられなかった。
ただ——彼女のそばにいたかった。
ノゾミは会社に到着し、エレベーターの列を避けて階段へ向かう。
彼はその後を静かに追いかける。
いくつもの階段を上がる彼女。
レンは、もう引き返すべきかと考え始めていた。
「彼女には、彼女の人生がある。」
そう思ったその時——
ノゾミが足を踏み外した。
反射的に、彼は手を伸ばした。
彼女が手すりにしがみついた瞬間、
レンは——彼女を抱きとめたような気がした。
ほんの一瞬。
確かに、彼女の温もりを感じた。
息が詰まるほどの感情が、胸に溢れた。
震える手で、もう一度彼女の手に触れようとする。
——すり抜けた。
その瞬間、全身に針が刺さるような痛みが走った。
ノゾミは数秒間立ち止まり、
そして何事もなかったかのように階段を上がっていった。
彼女の心に何が起きたのか、レンには分からなかった。
「…もう、彼女を自由にさせるべきかもしれない。」
「でも——もし、ほんの一瞬でも触れられたなら…
あの老女に、もっと答えを聞けるかもしれない。」
彼は階段を下り始めた。
静かに、決意を胸に。
廊下を抜け、エレベーターの近くまで来たとき、
偶然、二人の女性の会話が耳に入った。
「ねえ、知ってる?ノゾミさん、離婚したんだって。」
「えっ?あのイケメンの旦那さん?
なんで?すごく仲良さそうだったのに。」
レンは知っていた。
その表面の下にあるものを。
——その関係は、もう形だけだった。
「ノゾミは、ずっと前から彼を愛していなかった。
もし…あのメッセージを最後まで打ち終えていたら——
僕は、今ここにいなかったのかもしれない。」




