第4話 — 触れられない朝
「触れられないものほど、心に残る。」
レンは呆然としていた。
魔女は消えていた。
そして今、彼の胸には不安、疑念、焦燥が渦巻いていた。
何をすればいいのか——どこへ向かえばいいのか、分からなかった。
雨は少しずつ止み始めていた。
空はまだ曇っていたが、朝の気配が静かに広がっていた。
街の通りも、まるで世界がゆっくりと目を覚まそうとしているかのように、
少しずつ明るくなっていく。
レンは落ち着かず、通りを行ったり来たりしていた。
ノゾミのことが頭から離れなかった。
彼女が今どんな状況にいるのか——
そして、自分自身がどれほど孤独なのか。
気持ちを落ち着けようと、街を歩くことにした。
いくつかの角を曲がりながら、頭を整理しようとしたが、
すべてがどこかズレているように感じられた。
ふと角を曲がったとき、花屋の屋台が目に入った。
何かに引き寄せられるように近づいた。
店主は彼の存在に気づいていないようだった。
レンは花の前に立ち、ただ静かに見つめていた。
マーガレットに手を伸ばした。
だが、彼の手は花をすり抜けた——まるで風でできているかのように。
怒りが込み上げてきた。
触れられないことへの苛立ちが、彼を苦しめた。
彼は低く、悲しげな声でつぶやいた。
「ノゾミはマーガレットが好きだった。
朝の太陽みたいだって…言ってた。」
彼はしゃがみ込み、花に顔を近づけた。
ただ、じっと見つめていた。
まるで、目で過去に触れようとしているかのように。
その時、背後からかすれた声が聞こえた。
「——まだ分かっていないのか?」
レンは振り返った。
また、あの魔女だった。
彼は鼻で笑い、怒りがこみ上げた。
だがすぐに、ため息をついた。
もう怒る気力もなかった。
だから、静かに言った。
「それって…どういう意味だ?」
魔女はマーガレットを一輪手に取り、香りを嗅いだ。
目を閉じ、しばらくそのまま。
そして、静かに言った。
「目の前にあるものが見えないなら——
理解などできるはずがない。」
レンは顔を手で覆い、苛立ちを隠すように撫でた。
「もう謎かけはやめてくれ。
俺が知るべきことを、はっきり言ってくれ。」
魔女は花をそっと籠に戻し、背を向けて歩き出した。
「——もしすべての答えを持っていたなら…
あなたは今、こんな状況にいると思う?」
魔女の言葉が、雨上がりの空気に溶けていった。
レンは、彼女が触れた花を見つめた。
もう一度、手を伸ばしてみる。
だが、やはりその手は花をすり抜けた。
顔を上げると、魔女の姿はすでに消えていた。
周囲には、ただ人々が歩いていた。
それぞれの朝を生きている。
そしてレンは——誰にも見えない存在だった。
だが、その日常の中に——彼は見つけた。
ノゾミだった。




