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願いの代償  作者: 神谷嶺心
第2章 — 繋がる影
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第34話 ー 見知らぬ家へ帰る理由はない

「名前を知っていても、心が拒むなら、それは他人だ。」




現実の衝撃が過ぎ去った後、ノゾミは看護師の手を借りて立ち上がり、落ち着きを取り戻した。

彼女は礼を言い、看護師は床に落ちた物を片付けてから静かに部屋を後にした。


ノゾミは再びベッドに横たわり、窓の外を見つめながら思索に沈む。


「誰だったんだろう、あの人。

話していた相手は、黒沢シンジじゃなかった気がする。

顔も名前も思い出せないのに、なぜか安心感があった。」


その疑問を抱いたまま、彼女は静かに眠りについた。


翌朝、カーテンを閉め忘れた窓から差し込む陽光が彼女の顔を照らす。

ノゾミは目を覚まし、ぼんやりと天井を見つめる。


「もし今日退院するなら、どこへ行けばいいんだろう。

“夫”だと言う人の家に泊まるなんて、正直気が進まない。

彼は、私にとってはただの他人だ。」


不安を抱えながら、ベッド横の棚に置かれたスマートフォンを手に取る。

新しい通知が届いていた。


画面を解除し、メッセージを確認する。

母からの連絡が何件も届いていた。

事故のことを知り、心配している様子だった。


その情報源は——またしても、シンジ。


何度も目にするその名前。

見慣れているはずなのに、読むたびに胸がざわつく。

彼が“良い人”とは、どうしても思えなかった。


母のメッセージにはこう書かれていた。


「ノゾミ、体調はどう?

交通事故に遭ったって聞いたわ。

脳震盪で記憶を失ったって…

どこまで覚えてるの?

何でも力になるから、教えてね。

今はそっちに行けないけど、いつも応援してるよ。

医療費は“あなたの夫”が払ったって聞いたから、安心して。

退院したら、お父さんがあなたのアパートに行くって言ってた。

連絡してあげてね。」


ノゾミは、自分の“アパート”という言葉に引っかかる。

そんな場所があったことすら、思い出せなかった。


思考を巡らせているうちに、朝食の時間が近づいていた。

そのタイミングで、医師と看護師が食事を持って部屋に入ってくる。

そして——その後ろに、シンジの姿。


彼は誰よりも早く部屋に入り、ノゾミのベッドに近づく。


「ノゾミ、目覚めてくれてよかった。

いい知らせがあるよ。

主治医と話して、退院の許可が出たんだ。

さあ、僕たちの家に帰ろう。」


看護師と医師は顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる。


看護師は静かに食事のトレイをノゾミに渡し、医師が口を開く。


「黒沢シンジさん、患者の母親から連絡がありました。

退院後は、父親が迎えに来る予定です。

それで問題ありませんか?」


シンジは一瞬だけ顔を背け、冷たい表情を見せる。

すぐに笑顔を作り直し、穏やかに答える。


「それも素晴らしいですね。

では、母親に連絡して、迎えは不要だと伝えておきます。

教えてくださってありがとうございます。」


ノゾミは、何も言えないまま会話が進んでいく。

自分のことなのに、まるで“存在していない”かのようだった。


彼女は、静かに口を開く。


「ありがとうございます、黒沢シンジさん。

でも、まだ記憶が戻っていないので、あなたと一緒にいるのは不安です。

父が来るまで、ここで待たせてください。

ご心配、感謝しています。」

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