第31話 ー 目覚めの瞬間、偽りの影
「目を開けた瞬間、誰の声が届くのか。」
レンは、ノゾミのそばに立ち尽くしていた。
何もできず、ただ彼女を見守るしかなかった。
その時——
ノゾミの指が、わずかに動いた。
レンはそれを“目覚めの兆し”と受け取り、叫ぶ。
「ノゾミ!頑張って!君ならできる!」
涙を拭い、胸が高鳴る。
それが一時的な反応かもしれないと自分に言い聞かせながらも、希望を抑えきれなかった。
数秒後、彼女の指が再び動き、手がゆっくりと動き始める。
レンは廊下へ出て、医師たちが来るのを確認する。
彼らはまだ弁護士と話し合っていた。
その背中越しに、シンジの顔が見える——
あの“囚われの日々”にノゾミを支配していた、冷笑の表情。
レンは彼に意識を向けないようにし、再び病室へ戻る。
ノゾミの顔がわずかに歪み、まぶたが震え始める。
レンは確信する——
今こそ、彼女が目覚める瞬間だ。
医師たちが病室に入ってくる。
だが、シンジと弁護士はなぜか入ってこなかった。
最初の医師が部屋に入った瞬間、ノゾミは目を開ける。
その瞳はぼんやりとしていたが、確かに“生きていた”。
レンの胸が熱くなる。
彼女が眠っていた間、ずっと息を止めていたかのような感覚だった。
「ノゾミ…本当に良かった。
君を失うのが怖かった。」
彼は止まらずに語り続ける。
もう“見えない存在”であることに慣れていた。
「魔女が言ってたんだ。
僕たちは、何かで繋がってるって。
この祈りが、君に届いてほしい。
僕は…手に入れてはいけないものを望んでしまった。
そのせいで、君はこんな苦しみを背負うことになった。
全部、僕のせいだ。
許してほしいなんて思ってない。
ただ…ずっと君のそばにいたってことだけは、知ってほしい。」
その時、ノゾミがレンの方を見た。
そして、医師が彼女に話しかける。
「目を覚ましてくれてよかった。
気分はどうですか?」
レンは胸を突き刺されるような感覚に襲われる。
希望が灯った瞬間、また消えた。
それでも、彼女が“彼を見た”その一瞬が、彼を救った。
医師の診断により、ノゾミは過去の記憶を失っていることが判明する。
事故による脳震盪の影響で、結婚生活の記憶は消えていた。
レンはそれを受け入れるしかなかった。
彼女が自分を思い出すことはないかもしれない。
それでも、彼は離れないと決めた。
魔女の言葉が胸に響く——
「繋がっている限り、希望は消えない。」
その時、シンジが病室に入ってくる。
彼の姿は、まるで歩道に落ちる“影”のようだった。
「ノゾミ、目覚めてくれて本当に良かった。
君がいなければ、僕はどうなっていたか…」
その言葉を聞いたレンは、怒りで震える。
喉に砂利を詰め込まれたような苦しさ。
血が沸騰する。
思わず口にしてしまう。
「消えろ、このクズ野郎!
お前はサイコパスだ!」
その言葉は、心の中に留めておくべきだった。
でも、もう止められなかった。
シンジはノゾミに近づき、手を取ろうとする。
だが、ノゾミの手は反射的に引っ込む。
まるで“本能”が拒絶しているかのように。
「僕は君の夫だ。
思い出せないのか?」




