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第3話 — 彼の声が届かない

「時々、沈黙は——誰かが見つけてほしいと願っている音。」



いつもと変わらない夜だった。

その時間帯の地区は静かで、人通りもほとんどない。

細く降り続ける雨と、夏のぬるい風が街を通り抜けていく。

ノゾミは、いつものように厳格なルーティンを守っていた。


コンビニを出た瞬間、彼女はスマートフォンを取り出し、メッセージを打ち込んだ。


「レン、話したいことがあるの…どう言えばいいか分からない…」

——送信。


指が震えていた。

もう一通送る前に、彼女は家へ戻ることにした。

傘を開き、ゆっくりと歩き出す。

水たまりを避けながら、足取りは重くなる。

不安が胸を締めつける。


心の中でつぶやいた。


「ノゾミ、しっかりして。レンの気持ちはもう分かってる。

距離を取ろうとしたけど…きっと彼なら分かってくれる。」


立ち止まり、バッグからスマホを取り出す。

そして、震える指で打ち込んだ。


「レン…私、夫と離婚したの。」


画面を見つめたまま、彼女はその場に立ち尽くす。

心臓が喉まで跳ね上がるような感覚。

時間が、ゆっくりと流れていった。


通知が届いた。

「既読」——そして、「入力中…」


ノゾミは息を止めた。 周囲を見渡し、何か支えになるものを探す。 低い塀に寄りかかり、そこでじっと待つことにした。


その「入力中…」は、永遠のように感じられた。

他のアプリを開いて、気を紛らわせようとする。

でも、すぐにまたメッセージアプリに戻る。

——「入力中…」


彼女は喉の奥に何かが詰まったような感覚で、唾を飲み込んだ。


「きっと、ただ忙しいだけ。そう…そうであってほしい。私はそう願ってる。」


ノゾミは、遠回りして家に帰ることにした。

スマホを見つめながら、うつむいてゆっくりと歩く。

誰かにぶつかってしまい、顔を上げる。

周囲の景色を見渡し、見覚えのある通りかどうかを確かめる。


一歩一歩が、緊張と期待に満ちた“判決”のようだった。


バスが通り過ぎる。

その音に一瞬だけ意識が逸れる。

スマホで時間を確認し、再び周囲を見渡す。


何か——懐かしいような感覚が空気に漂っていた。

名前のないもの。香りか、気配か、記憶か。


バス停は空っぽだった。

この時間帯には、特に変わったことはない。


ノゾミは歩き続けた。

感情的に疲れ果てていた彼女は、ぽつりと声を漏らした。


「どうしてレンは返事してくれないの…?

もう仕事終わってるはずなのに…」


不安は、次第に“自信のなさ”へと変わっていった。

数歩進んだところで、角を曲がろうとしたが——信号は赤だった。

それはただの信号ではなく、目に見えない“障壁”のように感じられた。


ノゾミは、また独り言を漏らした。


「私、何か嫌なこと言ったかな…?」


あの懐かしい感覚が、再び空気に漂った。

彼女は周囲を見渡す。

心の奥で——理由もなく、鼓動が速くなるのを感じていた。


信号が青に変わる。

彼女は静かに歩き出す。

そして、その瞬間——何かを置き去りにしたような気がした。


今度は声に出さず、心の中でつぶやいた。


「レンは…私の言いたかったこと、分かってくれるかな…?」

見えないものに、名前はつけられない。

でも、心はそれを知っている。

気づかないふりをしても、鼓動は嘘をつかない。

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