第24話 — 記憶と代償
「記憶を取り戻すたびに、愛は遠ざかっていく。」
ノゾミは、なぜか身体が軽く感じられた。
目を開けても、どこにいるのか分からない。
すべてが暗く、まるで黒い部屋の中にいるようだった。
彼女は腕を伸ばしながら歩き始める。
壁があるかどうか、手探りで確かめようとするが、何も触れられない。
短い歩幅で進み続けるが、何も起こらないまま時間が過ぎていく。
その時、足音が近づいてくるのが聞こえた。
論理的に考えれば、誰かがいるはずがない。
ノゾミは立ち止まり、周囲を見渡す。
暗闇の中から、光とともに謎の人物が現れる。
だが、その光は周囲の闇を照らすことはなかった。
その人物は、頭から足まで黒いローブをまとい、顔はフードの影に隠れている。
見えるのは、皺だらけで手入れのされていない口元だけだった。
ノゾミは夢を見ているのかもしれないと思った。
その存在は、光を持っていても、安心感を与えるものではなかった。
彼女は声を張り上げ、遠くから問いかける。
同時に、気づかれないようにそっと後退する。
「あなたは誰?ここがどこか分かる?助けてくれるの?」
その存在はゆっくりとノゾミに近づいてくる。
ノゾミは冷や汗をかき、心臓が高鳴る。
それでも、勇気を振り絞って目の前の人物を見つめる。
数歩進んだその人物は、ノゾミの目の前で立ち止まり、
顔を少し上げて、皺に覆われた顔の一部を見せる。
それは、時間に蝕まれたような、か弱く崩れかけた老女だった。
「私は、もう多くの人の目には存在しない者…
ここは、記憶と忘却の狭間と呼べる場所。
助けてほしいと問うたな…
その願いのために、代償を払う覚悟はあるか?」
ノゾミは、その言葉の意味を理解しようとする。
名前も名乗らない謎の人物。
その声は苦く、重く、しかし助けを差し伸べるようでもあった。
頭が痛み、何かを思い出そうとするたびに混乱が増す。
それでも、誘惑に流される前に、もっと知ろうとする。
「あなたの名前を教えてくれませんか?
どうしてここにいるのか分からない。
何も思い出せないし、頭が痛くて…
何かがおかしい気がするけど、それが何なのか分からない。
一緒にここから出る方法を探せるかもしれない。」
その人物は、ほとんど聞こえないほどの笑い声を漏らす。
その皺だらけの唇は、まるで何年もその形のまま凍りついていたかのようだった。
「名前か…もう誰にも聞かれなくなった。
ただ、呼ばれるだけの存在になった。
ユノ、それが私の名。
私は、大切なものを捨てて、失ったものを取り戻そうとした者。
命を捧げて願った代償…
あなたも、もう感じているはずだ。」
ノゾミは、ユノの言葉を聞きながら、頭から足まで視線を走らせる。
「感じているはず」と言われても、頭の中は霞がかかったようで、何も結論が出せない。
外は暗闇、内は白くぼやけていた。
ユノは何もない空間に腰を下ろす。
その動きに合わせて、ノゾミにも座るように促す。
椅子などないはずなのに、不思議と座ることができた。
ユノは、悲しげな声で語りかける。
「あなたには、私の助けは必要ない。
むしろ、あなたの近くにいる誰かが、今あなたを探して迷っている。」
ノゾミは目を見開き、ユノを見つめる。
「誰…?」と心の中で問いかける。
頭痛が再び襲い、思い出そうとするが、
首の後ろに強い圧迫感を感じ、諦めるしかなかった。
「私のこと、何か知ってるの?
何も思い出せない。
思い出そうとすると、頭が痛くなるの。」
ユノは真剣な表情を浮かべ、重い言葉を口にする。
「あなたに、記憶の断片を渡すことはできる。
だが、すべての記憶が戻った瞬間、
あなたが最も大切にしているもの――
“愛する人の記憶”を失うことになる。
その願いは、あなたが求める安らぎを与えるだろうか?」




