第21話 — 最初の違和感
「彼女を見た瞬間、何かが狂った。
それが始まりだった。」
黒沢シンジ、十九歳。
若さの絶頂にあり、社交的で、常に自信に満ちていた。
裕福な家庭に育ち、親の会社で働きながら、
洗練された女性たちと関係を持ち、
それでも、何かを求め続けていた。
ある朝、仕事へ向かう途中。
職場の女性と並んで歩きながら、
夜に行くレストランの話をしていた。
その時だった。
商店街の一角、ガラス越しに見えた彼女。
ベージュのコート。
短く整えられた髪。
右肩にかけたバッグ。
彼女は、レースの袖がついたワンピースを見つめていた。
その静かな眼差しに、シンジは息を呑んだ。
香りが漂う。
人混みの中でも、彼女のものだと分かった。
隣を歩いていた女性が、シンジの足が止まったことに気づく。
「シンジ?どうしたの?私、ここにいるのよ?」
彼は目を逸らさず、宙を見ているような声で答えた。
「……ああ、うん。先に行ってて。会社で会おう。」
女性は驚き、傷つき、
それでも涙をこらえて、彼の前から去っていった。
シンジは再びガラスに目を向ける。
だが、彼女の姿はもうなかった。
焦りと執着が胸を締めつける。
彼は周囲を見渡し、香りを頼りに探し始める。
そして、背後からふわりと香りが通り過ぎた。
振り返ると、彼女がいた。
あの時と同じ、穏やかな眼差し。
心臓が跳ねる。
彼は歩み寄り、左肩にそっと触れた。
彼女が振り向き、目が合う。
「突然すみません。
さっき、あなたがワンピースを見ているのを見て……
あまりに美しくて、目が離せませんでした。」
彼女は少し戸惑いながらも、優しく答えた。
「……ちょっと恥ずかしいですけど、ありがとうございます。
お名前、伺ってもいいですか?」
「黒沢シンジです。よろしく。」
「水野ノゾミです。こちらこそ。」
シンジは微笑み、すかさず言葉を続けた。
「お仕事の途中ですか?
もしよければ、少しだけご一緒させていただけませんか?」
ノゾミは驚いた。
彼の言葉には、何かを見透かすような鋭さがあった。
「はい、仕事に向かってます。
お気持ちは嬉しいですが、急いでいるので……」
そう言って、彼女はすぐに背を向けて歩き出す。
だが、シンジは数歩で彼女の前に立ち塞がった。
「連絡先だけでも。
僕の番号、渡してもいいですか?」
ノゾミは少し迷いながらも、
その場を穏やかに終わらせるために番号を受け取った。
彼女が去っていくのを見届けた後、
シンジは静かに彼女の後を追った。
彼女の職場を突き止め、
近くのカフェで数時間、建物の前を見つめ続けた。
そして、彼女が出てきた瞬間。
彼はスマホをいじるふりをして、わざとぶつかった。
スマホが地面に落ちる。
二人は同時にしゃがみ込む。
「水野ノゾミさん……ですよね?
こんな偶然って、あるんですね。」




