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願いの代償  作者: 神谷嶺心
第1章 — 姿を消すことの代償
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第17話 — 最後の一歩

「ノゾミが最後に見たもの——

それは、もう二度と思い出したくなかった顔だった。」





ノゾミがドアを開けた瞬間、廊下から足音が聞こえた。

彼女はドアを開け放ち、壁に手をつきながらよろめくように走り出す。


恐怖、痛み、そして焦燥に包まれ、

彼女の頭の中には「建物から出る」以外の思考はなかった。

せめてロビーまで——。


走りながら何度も後ろを振り返る。

エレベーターはちょうどその階に止まっていて、扉が開いたまま、まるで彼女を待っているかのようだった。


あと数歩。

転びそうになりながら、エレベーターの前に立つ。


もう一度振り返る。

そして、恐怖が全身を支配する。


シンジがアパートの外に立っていた。

その目は、誰もが恐れるような冷たい光を放っていた。


ノゾミの血が凍る。

彼女はその目を知っていた。

そこにあるのは、善意ではなかった。


彼女が見つめるその一瞬で、

シンジは歯を食いしばりながら走り出す。


ノゾミはすぐにエレベーターに飛び込む。

何度も何度も「1階」のボタンを押す。

その勢いでボタンが沈みそうなほど。


扉が閉まりかけたその瞬間、

彼女は膝をついて床に崩れ落ちる。

そして、扉はシンジの目の前で閉じた。


シンジは扉に拳を叩きつける。

その音は、まるで扉を壊すかのような激しさだった。


エレベーターがようやく動き出す。

だが、ノゾミはまだ安心できなかった。


この衝撃的な状況の中で、

なぜか少しだけ落ち着く感覚があった。


それは、ここ数日間に感じていたものに似ていた。

でも、なぜ今ここで?

何も思い出せるものはない。

シンジですら、もはや見知った存在ではなかった。


唯一、彼女を少しだけ落ち着かせるのは——

レンのことを考えることだった。


だが、それもまた葛藤を生む。


「彼に何て言えばいいの…?

きっとすごく心配する。

こんなことになったのは、私の過去の選択のせい。

でも今、その代償を払ってる。」


「それでも…

もしレンが、こんな私でも受け入れてくれるなら——

それだけで、私は救われる。

その想像だけで、少しだけ呼吸ができる。」


エレベーターの音が、彼女を現実に引き戻す。

焦って余計なボタンを押してしまい、

エレベーターは2階で止まる。


扉が開く。

階段を駆け下りる足音が聞こえる。

異常な速さだった。


胸が締めつけられる。

「まさか…シンジ?

お願い、違っていて…」


誰かが近づき、エレベーターに乗り込む。

シンジではなかった。

スマホを見ながら入ってきた、ただの通行人。


彼はノゾミの姿を見て、

驚きのあまり後ずさりし、エレベーターを降りた。

足元から頭まで、彼女を見つめる。


ノゾミは小さく頷く。

扉が閉まり、エレベーターは再び動き出す。


彼女は安堵の息を漏らす。 だが、緊張は消えない。


そして—— 1階に到着。


よろめきながら歩き出す。

受付の女性が、彼女の姿に驚き、カウンターから飛び出してくる。


「大丈夫ですか?

助けが必要ですか?」


ノゾミは首を振る。

今はただ、ここから出たい。

二度とシンジの顔を見たくない。


だが、その願いは長くは続かなかった。


「ノゾミ!

何してるんだ!」


彼の声。

叫びながら、彼女に向かって走ってくる。


ノゾミは出口を越え、

考える間もなく、できる限り遠くへ走ろうとする。


受付の女性は状況を察し、

シンジの行く手を阻もうとする。

だが、彼は彼女を突き飛ばし、

倒れた彼女を無視して進み続ける。


ノゾミは振り返る。

シンジはすぐそこまで迫っていた。


何も考えられず、

彼女は後ろ向きに歩きながら、シンジを見つめる。


そして——

足元の段差に気づかず、つまずく。


車が—— 彼女の方へ向かっていた。

止まる気配はなかった。


ノゾミが最後に見たもの——

それは、もう二度と思い出したくなかった顔だった。

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