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願いの代償  作者: 神谷嶺心
第1章 — 姿を消すことの代償
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第10話 — 見えない街の中で

「見慣れた景色ほど、見落としやすい。」





建物を出たレンは、呆然としていた。

頭の中は、さっき聞いた言葉でいっぱいだった。

思考は宙に浮かび、足は地に着いていないような感覚。


——また、あの魔女に会うべきかもしれない。

彼女だけが、まだ自分を“見てくれる”存在だった。

嫌いだとしても、それしか道がなかった。


周囲を見渡す。

街は騒がしく、車も人もせわしなく動いている。

この街のことは何も知らない。

ノゾミが住んでいると話していた名前だけが、唯一の手がかり。


スマホもない。

誰にも見えない。

ただ、直感だけが頼りだった。


どちらへ進むべきか。

来た道を戻るか、新しい道を選ぶか。

その時、すぐ近くから声が聞こえた。


「——目的もないのに、急ぎすぎじゃない?」


その声は、聞き覚えがあった。

まさに、探していた人物。


魔女が、ゆっくりと歩いていた。

騒がしい街の中でも、彼女の声ははっきりと聞こえた。


レンは振り返り、すぐに言葉を投げつけた。


「ちょうど探してたところだ。

また意味不明な謎かけでも聞こうと思ってたけど…

相変わらず、皮肉は忘れないんだな。」


魔女は、かすれた声で笑い、少し咳き込んだ。


「さて…教えてあげてもいいけど…

ううん、今じゃないわね。」


「どちらの道が簡単かしら。

考えて待つ道か、急いで見落とす道か。」


レンは眉をひそめる。

苛立ちと困惑が混ざった表情。


「それが…俺の何を言ってるんだ?」


魔女は首を横に振る。

ゆっくりと、否定するように。


「答えを探そうともしてない。

周りを見てごらん。

何か…見覚えのあるものはない?」


レンはため息をつきながら、街を見渡す。

高級車が行き交い、スーツ姿の人々が忙しそうに歩く。

清潔な街並み。

整えられた木々。

高層ビルが並ぶ景色。


何度も周囲を見渡す。

その様子を見届けた魔女が、静かに言った。


「あなたは、表面しか見ていない。

過去も現在も、すぐそばにあるのに。

それが見えなければ…

あなたは、ずっと“見えないまま”かもしれない。」


レンはその言葉を胸に刻み、しばらく黙って考えた。

そして、空を見上げる。

雲ひとつない青空。


「過去と現在がここにあるなら…

それは、どこに?」


魔女に向き直る。


「じゃあ——」


だが、彼女の姿はもうなかった。

思考の速さと同じくらい、彼女は消えていた。


レンは近くの喫煙スペースの壁にもたれかかる。

右を見ても、左を見ても、

人々は迷いなく歩いている。

まるで、何も疑問を持たずに生きているようだった。


その時、スマホを操作する男性が目に入った。

最初は誰か分からなかった。

だが、彼はレンのすぐ隣に立ち、ポケットからタバコを取り出す。


一本を口にくわえ、静かに火をつける。

レンは目をそらそうとするが、

魔女の言葉が頭をよぎる。


「過去と現在が、すぐそばにある。」


——この男?

どこかで見たことがあるような…

でも、誰だったか思い出せない。


三本目のタバコを吸い始めた頃、

彼は急に火を消し、建物の入り口へ向かって歩き出した。


レンはその動きを見つめる。

何かが起こる予感。


そして——

ノゾミが建物から出てきた。

彼女は反対方向を見ていた。


その男が、彼女の名前を呼ぶ。


「ノゾミ!ノゾミ!」


その瞬間、レンの記憶がよみがえった。


——シンジ。

ノゾミの元夫。


彼は、今ここにいた。

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