9 【検証! 〈虚空の芽〉に愚者連れてく】
どうぞ。
森の中を通る細い道のわき、大きな岩がどんと鎮座しているそこに、怪しげな老人が焚き火をしていた。
「迷い人か。頭数がいる、ということは……儂の仕事のことは、知っているようじゃな」
『あっちょっと待って、この子たちは知らないから! いちおう説明お願い』
「よかろう。そこにある、岩の亀裂が見えるか」
「光ってるやつのこと、ですか?」
シェリーの問いに答えるように、老人はうなずいた。言葉通り、岩には不思議な色の亀裂が走っている。さっき攻略したダンジョンの入り口に似た雰囲気だ。
「この世界は、さまざまな原因で、原初の混沌に還ろうとしておる。原因のひとつが、この〈虚空の芽〉……周囲を飲み込んで広がる、裂け目じゃ」
「塞ぐのですね」
「うむ。手順があってな、裂け目を種に戻すのじゃ。この種には、いろいろと使い道があるから、好きに持って行って構わん。人の手にあれば、儂らが監視せんでもよいのでな」
「なるほど、わかりました!」
むん、と勇んで向かおうとした私に、老人はハサミを渡してきた。
「芽を摘むためには、ハサミが要る。中に入って、一人ずつ芽を摘み取ってくるのじゃ。ただし……向こうから来るものどもが、邪魔をしに来るじゃろうな」
「そのために人数が必要、ということですか」
「やつらも、こちらに少々の覚悟で来ておるわけではない。覚悟はよいか」
『もっちろん。行ってくるね!』
なぜか普通に会話しているのに気付いたけど、聞くタイミングを逃した。広がった亀裂に入った瞬間、周囲の風景が謎のプラネタリウムのように変わる。逃したタイミングが微妙にあるようなないような気がしたので、聞いてみる。
「ねえアンナ、なんでNPCの人と会話できてたの?」
『このクエストだけは必須だからかなぁ……それと、世界の法則を超えちゃってるみたいなやつらしいよぉ』
「そ、そうなんだ……??」
「必須ってどういうこと? ソロでやる人もいそうなのに」
あんまり執着しなさそうなシェリーは、そう言って首をかしげる。たしかに、全員がギルドに入るわけでもないし、全員がホームを持つ必要があるとも思えない。事前情報があるらしいとっことアンナは、交代しつつ説明してくれた。
「このクエスト、「ギョッカエン」……「玉」に華があるの方の「華」、くさかんむりの……御苑とかの「苑」。それを入手できるのですよー」
『本体性能につながるガーデニング要素? というかスキルツリー、かなぁ。めちゃくちゃ複雑だから、終わった後にまとめて説明するよぅ』
自分だけの庭が手に入り、入手すれば強くなれて、これからの前提になるらしい。
『クエストをクリアした瞬間から、身につけた前提で敵が強くなるの。ホームが欲しいからって付き合わせちゃったし、責任取るから!』
「特盛ダメージを出して敵を溶かすのは最オブ高ですぞー。そしてそして、土壇場のお知らせになるのですが」
「なになに?」
「ここでの戦い、配信してもよろしいですかなー?」
とても楽しそうに、とっこは笑う。
「【愚者】が〈虚空の芽〉クエストに参加するとどうなるのか、まだ二日目ですので判明していないのですなー。ベータ時代はリスクがありすぎたのと、とくに変化なしだったそうなのですがー……」
「やってみるんだね。いいよ、撮れ高ってやつだよね」
『フィエルってば乗り気だね。みんなもいい?』
「うん」「はい」
謎の廊下の先に、不思議な部屋がある。人間サイズの木が中心部に生えているから、あそこが摘むべき芽か、ハサミで何か切るべきところなのだろう。
「では、始めます。――みなさんどうもこんばんはー、徒歩で来ちゃったとっこでございますよー。今日はですね、昨日サービス開始いたしました『ストーミング・アイズ』からお届けしております!」
じつに楽しそうに、とっこは配信を始めた。どうせだからと思って検索し、こちらも窓を開いてコメントを見てみる。
『えれぇ突発で草』『なんかすごいとこいるな』『周りに人おらんの?』『相変わらずの露出ぅ……』『準備してたんか』『予告してた通りやね』
「このゲーム、なんとあの「たてわきサフォレ」さんに誘っていただきまして。あちらの人脈で人を集めてもらっておるのですなー」
『ファッ!?』『よーやる』『あの人の人脈使えるんか……』『ということは女子オンリー?』
「そうそう。とゆーわけでご紹介いたしましょう、はいはい、仮想画角入ってー」
とつぜん表示された四角形に、四人全員で入る。
『すげぇ絵面』『これパーティーなん?w』『聖女さまと護衛隊って感じやね』『ただものおらんくて草』『とっこちゃんの趣味かと思いきやのサフォレさんの趣味に賭ける』『どっちでもだいぶアレやろこれ』
「それではみなさん、自己紹介を!」
『■■■■■』「アンナだよ、って言ってます。私はフィエルです!」「シェリー・ルゥ。よろしくね」「レーネです」
ポーズなんかは取っていないけど、全員が個性派すぎたのか、すごい勢いでコメントが流れていく。
「ふははー、盛り上がってきたところで今回のクエスト。この五人でホームを作るために〈虚空の芽〉にやってきております。敵が強くなる【愚者の意志】、パーティークエストではどうなるのかー? さっそく確かめていきましょう」
『検証たすかる』『ハイリスクすぎて試せんのよな、ドロないから【愚者】入れる意味ないし』『このメンツで戦うのか(困惑)』『二日目からガチ挑戦やるんやね』『期待』
全員で小さな木に歩み寄ると、ハサミを使うべき場所が表示される。シェリーとレーネが続いてぱちん、ぱちんと芽を摘み取ったところで、空がパキンと割れる。
「来たっ!」
針金人形の腕が、隙間から飛び出てきた。丸太と看板、そして針金でできた巨人が、妙に軽い足音を立てて体をぐらぐら揺すりながら現れる。
「ちょっとコメント読めなくなりますがー……そのぶん、ガチバトルをお見せしますぞ」
バリアで守られた木を前に、巨人が立ちはだかった。
そういや初めて配信要素入れるな……