6 水銀同盟
どうぞ。
最初の草原からちょっと進んだ川のほとりで、成果を確かめる。このあたりはちょくちょくとんでもないヤツが出てくるらしく、あんまり人がいない。
カードの封印はかなり簡単で、すぐに貯まった。さすがに一体ずつしか封印できないけど、すごくいいアイテムだ。かなり面白い使い方ができそうだけど――
「育てるの、どの子にしようかなぁ。この“ローリング・ロール”……代償が大きすぎるし、初期信頼度低いのってこっちもっぽいんだよね」
ゲームだとモンスターを従えて戦う人が一人はいるけど、【愚者の意志】には「信頼」というキーワードがわりと地雷だ。もともとの信頼度が低くて、稼ぐのも難しい。いっそ、道具として割り切ってしまった方がいいかもしれない。
考えていると、後ろからギリシャ風の服を着た少女が現れた。
『ねえ、お姉さん。“水銀はお好き”?』
「……“永遠の手は冷たいの”」
声にへんなエフェクトがかかっているけど、ゲーム内で待ち合わせしようと言っていたときの、約束の言葉だ。フィールドにいるのに追いかけてきたのかなと思ったけど、かなり目立っているから見ている人が多かった、と「アンナ」は言った。
『じつは【狂妄の意志】選んじゃって、【愚者】より上の人とは話せないの。誰かは【愚者】選ぶかなと思ってたんだけど、フィエルでよかったぁ』
「あれ選んだの? 会話不能ってめちゃくちゃヤバいと思うんだけど……」
書いてあった限りだと、NPCといっさい交流できないうえ、意志の五段階で隣り合う関係の【愚者】としか会話できない、とんでもない縛りプレイを強要されるらしい。実質愚者以外とは会話できないから、めちゃくちゃきつい縛りだ。
『思った以上にすごかったよぉ、ほんとに何も聞こえてないみたいなの』
「誰も愚者選んでなかったらどうするつもりだったの……」
『そうなったらキャラ作り直すよぉ。サブキャラいてもいいでしょ?』
「たしかに」
それもそれで楽しそうだ。ところで、と私はアンナの服装を見る。
「それも初期の衣装? なんか、ジョブに見えないけど」
『これ、〈学徒〉ってジョブなんだぁ。ギリシャの……ほら、すごい学者さんの門徒? みたいなやつ』
「あ、確かに。名前分かんないけど、こんな見た目だよね!」
『能力もさ、師匠の技を真似るってやつなんだぁ。協力プレイしないと弱いの』
たしか【狂妄】はステータスがむちゃくちゃ高かったはずだけど、ずいぶんクセのあるジョブを選んだみたいだ。
『じゃあ、NOVAの方の連絡回しとくよぉ』
「あ、ほんとに作る気なんだ」
わざわざメタバースを通してまで連絡するらしい。連絡先を知らないと通じないはずだけど、全員が外での知り合いみたいだ。
この子は高校生のころから「友達ギルドを作りたい」と言っていた。VRデバイスを買ってもらえなかった高校時代にはできなかったけど、アルバイトでお金が貯まったころにはもう受験生になっていて、やるわけにもいかなかった。
『それより聞きたいんだけど、ほんとにアカネなの? こんな服着るっけ?』
「お母さんがね、「もっとハジケなさい」って……」
『それでバニーかぁ。もうちょっとガーター巻くとか、フェイスペイントとか……もっとかわいくなるよ?』
「ほんと!? メモする、ぜんぶ教えて」
いろんなアドバイスを聞いて、よりしっかりとハジケる方法を固めた。いろいろと買うものをメモしたところで、年齢が同じくらいの女性が何人もやってきた。どうやら、アンナがあちこちで声をかけた人みたいだ。
「こんにちは。仮面ふたつ付けてるってことは、そっちの人は【愚者】ね?」
「そうだよー。そっちは冠あるし【使徒】だよね?」
それより、と顔も髪もベールで覆った青いイヴニングの人は苦笑する。
「通話切ってないってことは、【狂妄】にしちゃったのかしら?」
『いやー、それがそうなんだよね』
「しちゃったんだね。聞こえない、ぜんぜん」
「んもー……」
手枷足枷に鎖をつないでいる人もいるし、全身赤っぽい装備で固めた剣士さんもいた。どうやらだけど、全員の意志はそれぞれ別みたいだ。
『じゃー、自己紹介しよっか! 私はNOVA越しになっちゃうけど』
「私から。私は「シェリー・ルゥ」。まずは形からロールプレイすることにした人。コミュ障気味だけど、ごめんね、よろしくね」
上半身の露出は多いしスカート部分のスリットもすごいけど、分厚いベールで覆われた顔はぜんぜん見えない。ベールを留めるティアラが【使徒】の証のようで、全身寒色なのにどこか品があって、しっとりした光沢をまとっている。女王様みたいな印象の人だった。
「あたしは「とっこ」! 兄ぃがゲーマーだったので、あたしも縛りプレイ実況とかしておりましてー。今回は「全身呪い装備でプレイし続ける縛り」ですぞ。呪いアイテム出たらあたしにくださいな、装備しますので!」
いぇい、とギャルピースしている。禍々しくて粗削りな拘束具、それにおかしな色に錆びたブレストプレート。鎧のインナーは白いレオタードだけで、ブーツではなくてサンダルなので、西洋の騎士というかギリシャの戦士のほうが近そうだ。セミロングの赤髪をそのまま流していて、爽やかダークな面白い感じになっている。
「あ、私。私は「フィエル」、ずっと真面目にやってきたからハジケなさいって言われちゃって、こんな感じ。よろしくお願いします」
白いバニースーツ、腰とこめかみに仮面くらいで、私自身にはあんまり印象的なところはない……と思う。次、と視線をやると見事に一礼された。
「わたくしはレーネです。古流剣術を試せるところをと思っておりましたところ、ここを紹介されました。いずれ、皆様の胸もお借りしたく思っております。よろしくお願いいたします」
彼岸花が描かれたミニ丈の浴衣に和風の鎧、黒髪のポニーテールにかんざしを差した和風のちっちゃい美少女だ。年齢はよくわからないけど、だいぶ年下に見える。それよりも、最後のひとことはものすごいものだった。
「え、胸を……?」
茶化すような雰囲気ではなく、本音の疑問が出ていた。
「アンナさんがおっしゃるには、ゲームには在野の天才が数多くおり、眠れる獅子もいるのだとか。いまだ薪割り程度の未熟ではございますが、鍛錬のひとつといたしたく思っている所存です」
「こ、濃い子連れてきたねー……? アンナの伝手、すごくない?」
『げっへっへ。私のかわいこちゃんセンサーは万有引力に匹敵しておるのだぞー?』
メタバースの屋内空間でも人気の「せまいへや」シリーズを次々にリリースしている、人気のバーチャル・インテリアコーディネーター「たてわきサフォレ」……学生ながらすでに活躍する彼女の正体は、私のリア友だ。メタバースでは社交的で女の子をナンパしているから、バーチャルでの知り合いはかなり多い。
『フィクサーは私「アンナ」。今ここに「水銀同盟」の始動を宣言するぞー! みんなで楽しくやっていこうね!』
「「「「おー!!」」」」
友達の野望に付き合うのは初めてのことではない。また、楽しい時間が始まりそうな予感がした。
フィエル
【愚者】〈道化師〉
アンナ
【狂妄】〈学徒〉
レーネ
【賢者】〈剣士〉
とっこ
【常人】〈騎士〉
シェリー・ルゥ
【使徒】〈治療師〉