5 サー・プライズ!
(2025/7/27 コメント受け付けのログイン制限を撤廃しました)
どうぞ。
巨大化したボールを周囲でバウンドさせ、牽制する。武器の〈ボール〉は基本的に三つセットで、陣形効果のためにもうワンセット買った。三つだけだとそこまで怖くないと気付いたのか、巨人は走ってきた。
「ウガガアア!」
見てからでも、〈道化師〉の速度があれば避けられる。セットで習った〈軽業〉スキルでボールの上に乗って、バウンドの勢いを使って壁の燭台に飛び移る。もともとそういう使い方をするために作ってあったのか、いくつか点灯していないものがある。敵がこっちに仕掛ける準備をしているあいだに、強い敵をたくさん倒して手に入れたアイテムを取り出す。
頭に乗せていたハットを手に取って、〈大きく開けて?〉を使う。かぶり口から見える裏地がすうっと消失して穴に変わり、召喚のための供物を受け付ける時間が始まった。カードや魔石、たぶん使わない素材や食材をありったけ入れたところで、時間が終わる。
「グガ……何シヨウト、シテル」
「マジックってやつだよー、見ててね? 〈サー・プライズ〉!」
飴玉のように小さくなった穴が、ハットから転がり落ちた。急いでボールに乗って思いっきりバウンドさせ、ぐばっと開いた穴から離れる……サイクロプスは穴の表面を叩いたけど、時間結界のように棍棒がゆったりと停止して、音さえ聞こえなかった。
「何ダコレハ……?」
疑問を投げかけたサイクロプスの棍棒を、真っ黒い指がつついた。
『ハローハロー、わたしがサーだよ。昔の供物は血みどろだったけど、ずいぶん時代も変わったねぇ……』
もやもやした影を、翼の生えた紳士の形にしたような悪魔。〈サー・プライズ〉は、サイクロプスに勝るとも劣らないサイズまでいっきに巨大化した。
「悪魔ヲ呼ビ出スナド、イカニモ愚者ラシイコトヲスル!」
『心外だなぁ。ちょっと辺鄙なところに住んでるだけなのに』
棍棒をがっきと受け止めて、ぐぐぐっと組み合う。瞬殺してくれるとか思ったけど、呼び出すときのポイントが少なかったのか、思ったより強くなかった。
『わたしはそんなに強くないから、きみが頑張るんだよ?』
「あ、うん」
投げたカードが動きを鈍らせ、ぶつけたボールは組み合った態勢をちょっとずつ崩していく。てきとうなタイミングで差し込んだ魔法はほとんど威力が出なかったけど、時計で加速したサーはかなり有利に戦えているようだった。
爪がサイクロプスを傷つけ、黒い炎はいくつも焦げ跡を残し、ちょっとずつ相手は削れていく。棍棒と炎をまとった拳の攻防が、ついに守りをすり抜けた拳によって決着する。すごい勢いで吹っ飛んだサイクロプスが、宝の山に突っ込んだ。
「道化師ゴトキニ、負ケルトハ……」
『徹底的にわたしを無視してくれるなぁ。そんなに悪魔がいやなのかい』
言葉にしたくもないのか、できうる限りそっぽを向こうとまでしている。体力が尽きて、サイクロプスはさらさらと崩れていった。戦いが終わったからか、サーもとくに何も言わずに消えていく。あっさりと終わりすぎて、ダンジョンから出てもいまいち実感がなかった。
「お、出てきた。クリアしたんだ?」
「しましたよー。思ったよりあっさり」
何かをなでている青年は「へー、すっげ」と感心している。私もちょっとなでさせてもらって、街に戻ることにした。
カードはいくらでも補充できるけど、それ以外の武器は消費アイテムじゃないから、いくら【ひどい手癖】を使っても意味がない。ランダム発動しても得になるから、すごく強い意志アビリティだ。敵が強くなるという話も、もとからこっちが強すぎるのか、あんまり問題になっていなかった気がする。
「お金……ダンジョンでは直接落ちるんだよね。アビリティのランダム発動っていつなんだろ」
金銭的に不利になりやすいとは言っていたけど、今のところは問題なさそうだ。それに、お金を直接失くすわけじゃないから、これが進化したりしない限りは……しないと思うけど、わりとなんとかなりそうだった。
買い足すものはなかったかなと思ってみるけど、とくに思いつかない。門をくぐって、手近にある買い取りの看板を出しているお店に入ることにした。ちょっと大きめのお店に入ってカウンターに歩いていくと、メガネにベレー帽の店員さんは意外そうな顔をして、こちらを見た。
「珍しいお客様ですね。こんなお店に来られるってことは……異邦の旅人さまでしょうか」
「ええ。愚者の人って、お店に来ないんですか?」
「もっと向いたお店がありますから。ところで、アイテムの買い取りですね」
「お願いします!」
売れそうなアイテムを次々に出していくと、突然いくつかが光ってカードに変わる。
「……こちらも買い取りますか?」
「あっ、いえ。使います……」
ランダム発動は、いちばんイヤなタイミングで起こるみたいだ。微妙にすっきりしない検証結果を受け入れつつ、お金を受け取る。使えそうだなと思ったスキルだけど、デメリットは思った以上に大きい。もうちょっとだけ、ちゃんとした検証をしてから使った方がよさそうだった。
「あ、召喚カードいっぱい集めとかないと……できるだけ多い方がいいんだよね」
数はいくら多くても損しないし、カードに封印している限りはエサも必要ない。いろいろ売れる先があるみたいだし、ここからだと変化しないようだから、こっちを収入源にした方がいいかもしれない。
いろいろ考えた結果、私はフィールドに戻ることにした。
【ひどい手癖】
価値のあるアイテムを、同じレアリティの消費アイテムに変化させられる。とくに価値の高いアイテムが優先される。変化後のアイテムはすべて[贋作]に分類され、一度使用すると完全破損する。変換後のアイテムは、もっとも多く所持するカテゴリのものが出現する。
意図的に発動させることもできるが、他者との取引で頻発する。【愚者】が嫌われがちな理由はおもにこれが原因。