3 ここからゴールテープ最初に切ったら勝てる(出遅れ)
どうぞ。
しっかり寝ると、VRなのにけっこう疲れていたいろいろが完全復活していた。朝ごはんを食べて、土曜日のあたたかな日光には悪いけど、ちょっとだけ浴びて仮想世界に引っ込むことにした。ちらっと横を見ると、妹はまだVR空間にいるようだった。放っておいても問題なさそうだ。
「休みでよかったー……。昨日、実質なんにもできてなかったし」
たくさん訓練したから、いろんなことができるようになったけど、そこから何もしていない。できそうなことはたくさんあるから、まずは街の外に出てみたい。やっていて思いついたこともあるから、ひとつひとつ思い浮かべてみた。
私が思いつくことには限界がありそうだけど、パフォーマンスみたいに見せれば、もっと面白いことをする人もいるかもしれない。
「ちゃんとハジケないとね!」
ヘッドギアを装着してベッドに寝転び、ログインした。
ログインした場所は、チュートリアルを受けようとした街のど真ん中だった。最初の手ほどきを受けると初期武器が配布される、という仕組みはすごくありがたくて、私はすでに六種類もの武器を持っている。カードは袖に仕込み、時計は腰に引っかけて、飾剣はその反対に差して、ステッキは太もも、ハットはもちろん頭の上に置いた。
ボールは後で出すとして、戦闘準備はこれで完璧だ。
往来を歩いていると、なんだか微妙な視線を感じた。
「あれ、〈道化師〉だよな……?」「ってことは【愚者】か? 愚者ソロってマジか」「ふつうに合流先あんじゃね? 知らんけど」「なるほどこれが叡智か」「あれ相当やり込んでるだろ、指にクセ出てる」「うわキモっ、お前仕事んときもそういう目でお客見てんの?」「道化師ソロとか無理じゃね? まともな武器ないじゃん」
分かってる人も分かってない人もいるようだけど、あんまり気にしないことにした。先にこのゲームを始めている友達もいるはずだけど、今のところ情報共有はしていないので、どこにいるかは分からない。VRデバイスのアドレスから連絡できるから、そっちから連絡が飛んでくる……はずだ。
あんまりきちんと機能していなさそうな門を出ると、すごいペースでモンスターを倒している人たちが見えた。早すぎてよく分からないけど、ものすごい速度で剣を振りながら突撃して、また次のモンスターに同じことをするループに入っているらしい。ここにいても、この人たちに全部取られてなんにもできなさそうだ。
迷惑行為一歩手前な気がするなー、と思いつつ歩き続けていると、だいたいどこも同じような様子だった。モンスターを倒すといろいろ手に入るからか、ほとんど取り合いみたいになっている。
「どこか、別のとこないかな……?」
人がいなくてモンスターがいるところを探していると、地面に光る亀裂が走っているところが見えた。何か出てくるかと思ったけど、トラップではなくて入り口っぽく見える。近くにいた、丸っこいもふもふを抱きかかえたお兄さんが近寄ってくる。満足げな声を出すもふもふを撫でまくりながら、お兄さんは「うっす」と言った。
「そこ〈絶海〉だよ。ダンジョン」
「あ、どうも。入った人っていますか?」
「パーティー推奨かなぁ。友達待ってる?」
「いえ」
全身にあれこれ装備しているのを見抜いたのか、「まあ行けるんじゃないの?」と適当なことを言いだす。
「なんか強そうだしさ。まだ帰ってきた人いないから、一番乗りかもしれないよ」
「いいですね! 一番乗り、チャレンジしてみます」
ちょっと顔が引きつっているお兄さんを放置して、亀裂に足を踏み入れた。
シャリシャリと変な音を立てて開いていく亀裂は、きりもみ回転するようにねじれた階段になって、青い石材でできた不思議な回廊に変わった。渡り廊下めいていて、奥の方がどうなっているのかもはっきり見えるけど、ガラス張りのような構造だ。見える方向にそのまま進めるわけではないようで、ぼんやりと不透明な壁がある。
すでに入り口は閉じていて、少しだけ不安な行き先に不思議なビジュアルがいくつも見えた。大きな形もあるけど、小さな形の方が多い。あれがモンスターかな、と思ってボールを出した。
「〈スクリーンフェイス〉……と、〈は図み軽魔ジック〉」
一定の距離、一定のリズムでボールが跳ね続ける、めちゃくちゃ便利な技だ。ボールをコピーしてくるくる周回させておくと、他のことにも使えたりする。基礎として、これを覚えておかないとボールを使う意味がないくらい、めちゃくちゃ強い。
ダンダンとドリブルする音が聞こえたのか、ずっと向こうから敵が走ってきた。モンスターパニック系で見た小さい恐竜と、棒切れみたいな剣を持ったゴブリンが、まるで偵察のようにこちらをうかがっている。
「――じゃないや、なんかしてる?」
陰に隠れてこそこそしている、ひときわ小さいゴブリンがいる。魔法使いとかそれっぽい何からしく、地面に魔法陣を展開していた。
「ゲッゲ、ギャゲグギィギ」「グィッグゲゲギ」「ギググギィ、ゲゲグ」「ガッガッ」
何が起きているんだろうと思ったら、全員で捧げものをして、何かを召喚しているようだ。初めて戦うモンスターとは思えないくらい、ものすごい知能を感じる。
「さてさてー? どのくらい通じるのかな、昨日の四時間」
ボールは三種類持っておくべし、ふたつはプレゼントするからひとつは買え――という教官の言葉は、今のところ守れていない。まだ二種類しか持っていないから、教えてもらった神髄は発揮できないのだ。
「でもまー、初戦闘でもコンボのひとつくらい決めたいよね!」
魔法陣から、双頭の蛇が出てきた。ボスモンスターではないみたいだけど、こんな複雑な手順で呼び出されたから、ただものではないのだろう。
「ギガァ!」
「すごいもの見せてくれるみたいだしさ、こっちも見せてあげるね?」
すべてが整った。