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27 ここがおうち(2)

 どうぞ。

 かけ湯して髪を洗って体を洗って、とお互いにやっていると、思ったよりちゃんと時間が経っていた。昔みたいにゴツゴツした骨を感じる体ではなくて、ふんわりとかわいらしい、女性らしい体つきだ。


「アンナもふわふわになったねー」

「アカネも、もっちもちになってきたよね」

「ふ、太ってないし」

「そんなこと言ってないよぅ」


 前よりはもっちりしてきた自覚はあるけど、食べる量も減らしているつもりだ。アンナのお世話にかなり気を遣っているから、太っている暇がない。


「ずっと魅力的。嬉しいねぇ」

「もう……。私は百合じゃないから、応えられないよ?」

「いいんだぁ。なんだかんだで、二人でいてくれるもんねぇ」

「同居までだからね。えっちなのはダメ」


 いろんな視線を浴びていたし、大学生になっておいてウブを気取るつもりもない。男性向けの雑誌にはぜんぜん具体的なことは書いていないけど、女性誌はやりたい放題だ。男子が仲良し同士でギリギリ言うか言わないかくらいのラインも、女性誌ならだいたい載っている。場面しだいで、女子の方が下品なことだってあるんじゃないかなとすら思える……とうぜん、表には出さないけど。


 アンナは本物で、脱衣所や湯船でくっついてくるときもけっこう、息遣いからしてアヤシイ感じがある。私はというと、スキンシップの一環くらいで許してあげようかなと思っていた。何より、湯船の中では、こうしてくっついていないと「やだ!! やだ!!!」と……母親が“厳しかった”ころの思い出をフラッシュバックさせるから。


 傷がなくても、記憶は残る。


 その逆もまたしかりで、証拠やモノが残っていなかったとしても、優しくしてくれた記憶は消えはしない。特撮大好きな兄は、「光は人の中にあるもんだから」と、絶妙によくわからない言い方をしていた。どの作品の誰の言葉かは知らないけど、言いたいことは分かる。だから、お互いに「光を渡す」んだと――家を出て引っ越すそのとき、兄は胸に手を当ててから握手してくれた。


 みっちりくっついた肌には、ほかの何とも違う暖かさがある。夏場はさすがにちょっときついけど、それでもいい。


「さ、あがるよー。夕飯もそろそろできるし」

「うん」


 体を拭いて、お風呂から出た。アンナはあまり服に気を遣わなくて、下着も「インナー」と呼んだ方がよさそうなくらいの、そっけないやつばかりだ。私はというと、女子同士でよく見られてしまう部活動をやっていたから、けっこう気を遣っている。クセが残っているというか、もはや習性になってしまっている気がする。


 いきなり空気中の匂いを嗅ぎだしたアンナに、今日はいったい何かと思ったら、こっちには近付いてこない。いたずらではないとすると。


「すんすん、こ、この匂いはっっ」

「……はっ、私にもわかったよ!」


 服を急いで身に着け、脱衣所を出る。キッチンの方から漂う匂いは、炊き込みご飯の匂いだった。


「ひゃふーい! かしわご飯じゃあー!」

「あらあら。ちゃんと準備した甲斐があったわね」

「お母さんがやると何でも美味しいんだよねー……」

「ふふふ、褒めてもおかわりは増えないわよ」


 そんなことを言いつつ大きめの炊飯器で、四人で食べるにも多い量を炊いている。明日の朝にもおにぎりにして食べられる量だ。


「好きなだけ食べてね。おかずは豚バラと茄子の炒め物と、筍と鮪のアラの煮物よ」

「ふぉおお……!」


 微妙に季節に合っていないものでも、売っていたら買ってきてなんとなくで料理にしてくれる。お買い得品も美味しくするから、すごく料理上手だと思っている。本人は「そこそこだけどね?」と苦笑しているけど、とてもそうは思えない。


「さ、食べましょう」


 好物ばかりが並んでいると、食べてしまう速度がすごく早かった。食事が終わると、家族みんなが思い思いの形でくつろぎだす。


「アンナは、大学に行かなくてよかったのか?」

「んーむ、天職見つからなかったら行きたかったかなぁ。でも私、もう出会っちゃったからねぇ」

「そうか。ほんとにすごい子だ」

「アカネも、何か見つけられるといいわね」


 うん、とうなずく。今のところは、ふつうに大学に通って問題なく就職して、というルートがいちばん固い。そんなに迷っていることもないから、心配なアンナがどうにかなっただけでも、だいたい解決したようなものだ。


「できるうちに、何でもやってみるんだぞ。母さんはハジケろって言ったんだったか……そんなに気にしなくていいからな」

「それがさ、けっこうできちゃいそうで。ゲームの中の話なんだけどね」


 おお、とお父さんは笑う。


「また、テレビ越しにでも見させてもらおうか。どんなところだって、これまで見たことない顔だって、俺たちは見たいからな」


 じゃーそろそろ、と言ったアンナに続いて、私も部屋に戻った。


「二人とも、心配性だねぇ……」

「あの二人なら、親は子を心配するもんだって言いそうだけど」


 家族はそれぞれ、二人いる子供それぞれを心配している。毒親育ちの呪縛から抜け出せていないアンナも、いじめから逃げて部活動をやめたままほとんど何も始めていない私も、家を出た兄を含め、ほかの四人から見れば「心配な家族」には違いない。


 いろんな感情がこもった曖昧な微笑みが、向かい合う二人の両方に貼り付いていた。


「……ん? なんかメール入ってる。とっこからだよぅ」

「何の話で?」

「えっとぉ……? ギルドが乱立と併合繰り返してる、だって」

「なんだろ、そんなに言うほどの話なのかな?」


 ゲーム内の人間関係は、結局「友達」かその延長か、くらいしか知らない。


「どうなるかだねぇ。良くなるか悪くなるかは、ちょっとずつ変わると思うけど」

「してほしいことがあったら言ってね。できることならやるから」

「うん、わかった。こっちはこっちで、ちゃんと考えるからねぇ」


 頼れるのかどうか微妙な言葉とともに、アンナはメタバースにダイブしていった。それに続いて私もベッドに寝転び、ゲームにログインした。

 主人公たちの受けているあれこれの仕打ちは、ぜんぶ私やその周囲で実在するものです。呪われてんのかな。まあ別にいいけど。

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