’11年8月31日12:38 東京都江東区有明3丁目11-1 東京ビッグサイト構内:スタッフルーム付近
午前がすごい速度で終わってしまった――本当にあっという間で、それなりにしっかりと疲労もあって、かなり充実感があった。
「アルバイト終わりよー! みんな、本当にお疲れさまでした!」
コスプレイヤーさんたちと警備員のレーネが口々に喜び合い、連続でハイタッチしている。私も応えて、だいたいみんなとハイタッチし終わってから、更衣室で着替えを終えた。メイクも落として更衣室を出ると、誰かを待っている人がいた。私を見ると「あっ、あの!」と駆け寄ってくる。
「わた、っワタクシ……ですわ!」
「あ、……いちごちゃん?」
声のボリュームをめちゃくちゃ抑えめに、周りの人に聞かれないようにささっと隅っこに移動しつつ、エネルギッシュな感じなのに彩度が低い女の子と話す。へそ出しのシャツにダメージジーンズ、後ろ向きのキャップにふたつ結びの髪と、なんだかあちこちミスマッチだ。
「私は普段からあんな感じだから、そっちだけ素に戻る感じでいいよ」
「そっ、そうで……す、か。あえとっ、ふだん、あんまり人と話さなくて」
「やっぱりいつもの口調にする?」
「そっの、方が……ええ、馴染みますわね。ありがたく、そうさせていただきますわ」
そこにはない髪を払うしぐさも、なんだか作り物っぽくて面白い。服の彩度が妙に低いから、アーミールックとかよりも、ゾンビ映画とかそっちの雰囲気がある。なんだか急に蒸気を出して怪物になりそうな感じだ。
「すっごく急いで来てくれたんだね。大変じゃなかった?」
「いえ。どうしてもお会いしたかったので!」
「もしかして近くにVRデバイスあったとか? 謎の地下室とか……」
「え、ええまあ……そのようなもの、ですわね」
事務所が緘口令でも敷いているのか、はっきりとは教えてくれなかった。デバイス周りの事情はぜんぜん詳しくないけど、そういう案件はあっちに行くことが多いらしいから、「NameLLL」も新型デバイスなりを先行使用しているのかもしれない。
「ところで、どうして私だってわかったの? そんなに特徴あったかなー」
「パスが……あっいえ、姿勢もきれいですし、手の運び方も変わっていませんわよ! それに、メイクでごまかせるのは殿方だけですわ」
「ん、それもそっか。強いだけあって、ちゃんと見てくれてるんだね」
「ええ、ええ。控室も近いのですし、お昼をいっしょに食べませんこと?」
いいねー、と応えて、隅っこのベンチに並んで座った。
「昨日のお弁当さー、なんか和食だったんだよ。こっちの偉い人が言ってたんだけど、二千円くらいするんだって!」
「あら、仕出しのお弁当で二千円。とってもよいお弁当ですわね!」
料理屋さんの出前みたいな「仕出し」という概念が大昔からあって、行事ごとにお弁当を出前してもらう伝統みたいなものがあるらしい。
「法事だと五千円くらい? だったでしょうか。とっても、美味しいですわよ」
「食べたことあるんだね」
「父が持ち帰ってきたのですわ。どなたの法事だったか覚えておりませんけど、……よく考えたら不謹慎でしたかしら」
「子供ならしょうがないよ、たぶん」
お刺身がバラみたいにくるっと丸まっていたり、むっちもちのよく分からない美味しいものが入っていたりして、お父さんとの数少ない思い出なのだ、と少し悲しそうに笑った。
「数少ない……って」
「じ、……故で。両親をともに、亡くしましたの。人が変わったような、……死相で、それからは院に預けられて育ったのです」
「そうだったんだ……。じゃあ、吟子さんはお母さんみたいな感じ?」
「そうですわね。近いかもしれませんわ」
いちごちゃんは「申し訳ありません、ご飯が美味しくなくなるようなお話を」と曇り空みたいな色の何かを口に運んだ。
「でも、吟子さんにお世話になったり、朝日さんにプロデュースしていただいたりして、今の立場があります。人生、悪いことばかりではありませんのね」
「私は、比べられるような体験はしてないなー……」
人生で最悪の時期と呼べるものはあるけど、両親を同時に亡くすような経験はしていない。家族はちゃんと増えているし、――そこまで考えて、思い至ったことがあった。けれど、口には出さずに静かに食事をしていた。
「どんな経験も……降り積もって、いずれ咲く花の養分になるのですわ、きっと。記憶も経験も、その人の礎。いなくなったからと、父の優しさを忘れることはありませんもの」
うん、と小さく言うだけ言って、私は何かの揚げ物を噛み切った。




