’11年8月30日13:02 東京都江東区有明3丁目11-1 東京ビッグサイト構内
試し読みブースに行くと、実際に本が売っているところと同じ……全般的に混んでいる中ではちょっとだけマシな感じで、微妙に混雑していた。
「あ、墨帖さん……と、お友達ですか?」
「使用人とその友人です」
「こちらでは初めまして、神矢亜矢子です」
「猪野純夏です。そちらは……えっと、お名前聞いてもよいんでしたっけ?」
さっきは一人だったけど、どうやら三人で来ていたようだった。
「私は揺城赫祢です」「宝持麗香です、よろしくお願いいたします」
「これはどうも、ご丁寧に……」
「お二人は、どのような書物を求めて来られたのでしょうか」
「私はそんなに真面目なこと考えてませんが」
ほぼアルバイトでこっち来られるっていうからたまたま、と猪野さんは笑う。
「薔薇もよいものなんですけども、百合がですねえ。てぇてぇんですねえ……お二人は慣れてらっしゃらないみたいですけど、ご案内とか要ります?」
「私はあんまり、深い趣味はなくて。兄が見てたので、『スペクトラ』とか『大選隊』とかはちょっと知ってるんですけど……そういう本、あるでしょうか」
「むむっ、あー……うむーぬ。パロ二次創作本しかないようですので、本の方はあまりおすすめできませんね。公式はあまりこういうところに来ませんので……」
「パロ、なんでしょう……」
えーとですね、とちょっと乱れ気味の黒髪をいじりつつ、猪野さんは続ける。
「たとえばですね、光の巨人に似せた「風の巨人」とか、そういうものを書いてですね。いつものスペクトル分析シーンっぽいものを入れると、「真似していることをみんなにも分かってほしい、同じものが好きな人と気持ちを共有したい」作品……パロディになるんです。ただし、大ファンで似たものを読みたい人にしかおすすめできません」
「えっと……」
イラスト集などどうでしょう、と首をひねる。
「表紙絵を見て、好みのタッチを探るんです。ライトな人には、そういうものを」
「純夏、ぜんぜんついて来られてないよアカネさん」
「うむーぬ、難しいものですね……。墨帖さんは分かりやすいのですが」
「ハイレグの絵ばっかりの本とか?」
たまらず噴き出した二人を前に、腰まで切れ目の入ったフィッシュテールをつんとつついてみせた。
「今日ボディスーツだから、そういうやつですよー」
「はしたないですよ、アカネさん」
「ごめん」
「この子、攻めに慣れてる……! 握られてますよ墨帖さん」
「……いずれまた、じっくり。そういうことにしておきませんか」
「約束ですよー。やったぜ」
つよすぎる、と顔を引きつらせている猪野さんたち三人と別れて、私たちは実際に本を売っている場所に向かう。こっちはものすごく混んでいて、かなり並んでいるところもあった。「ついに2026ページ到達!!」とポスターを張り出して、恐ろしく分厚い本を山積みにしているところもあるし、グッズを中心にしているところもある。
「あんなページ数あってめくれるのかな……?」
「装丁が壊れないか気になりますね。武術の本は……」
本を売っているのは、武術とは縁もなさそうな、かなり痩せた小さい男の人だった。スモーキーの丸眼鏡をかけていて、すさまじく胡散臭い。
「おっとぉ。待て、今当てる……えー、君は剣道家で、……あー、その肩は陸上、じゃないな日焼けしてないから。新体操か? 動きはいいがバレエじゃないね」
「おー、すごい……!」「何か経験がおありなのでしょうか?」
「ないよ。姉妹じゃないな、骨格がだいぶ違う。声のフレームと震えがまったく似てない。二人はどういう関係?」
「友達です!」「懇意にさせていただいております」
ふんふん、と男性は楽しそうにこっちを見ていた。
「大腿骨転子部の可動域は訓練でずいぶん変わるけど、それぞれついてる筋肉がだいぶ違うね。君は現役みたいだけど、君は引退したあと鍛え直してるのか。ふーん……」
「あのっ、ここに宴銘流について書かれた本はあるでしょうか!?」
「おー、おお……? お嬢さん詳しいねえ、ふつう佳咲流とか黒舞流じゃない? もしかして門下生なのかな。宴銘流剣術知ってる人そうそういないよ」
「後継ぎです。たまたま来て、武術について本を出している人もいると伺ったので……祖父を知っている人はいまいかと」
「へー、宝持粋曜斎さんのお孫さん。ご存命のあいだに取材に行けたら、ぼくら知り合いだったかもねえ」
これ、と『武術まとめ本‘11 ~朽ちゆく歴史編~』と題された本を手渡す。
「五百円。試し読みしてくれてからでいいよ、君にとっちゃあんまり愉快な内容じゃないだろうし。身内が来るって知ってたら、いろいろ削った部分もあるんだけど」
「いえ……滅びかけているのは事実ですから。改めて、祖父のことを外から見た視点を借りる機会でもあります。いただきます」
「そりゃどうも。そっちの子は?」
「あっ、私は付き添いというか、本を買いに来たわけじゃないので……」
ああそう、と男性はレーネに名刺を手渡していた。
「研究の一環として、ゲーム会社にモーション提供して武術のデジタル保存なんかもしてるんだよ。いま話題の『ストーミング・アイズ』ってやつ、星見遊戯場株式会社ってとこにも売ったかな。ゲームやってるときにでも、武術を感じてみて」
「あ、私たちそこのアルバイトで」
「ん? ああ、――なるほどね。応援してるよ、「水銀同盟」の皆さん」
「これが安楽椅子探偵なのですね……」
いやいや簡単でしょう、と男性は笑って、あんまり減っていない本の山の前に座っていた。
「みんなには言わない方がいいと思うよ。プライベートでしょう」
「あ、それもそうですね……」
「ご忠告、痛み入ります」
「いいのいいの、お客さんだから。じゃあ、楽しんでおいでよ」
にこやかに手を振っている男性にお礼を言って、私たちは次の場所に向かった。




