’11年8月30日8:41 東京都江東区有明3丁目11-1 東京ビッグサイト構内
ロッカーのカギを受け取って、更衣室に入る。たくさんの人がいて、着替えを済ませてメイクに入っている人もいれば、派手なパーツを取り付けている人、小道具を組み立てている人などなど……たくさんの人がいた。
「気になるのですか?」
「あんまり、こっち系の文化って触れてこなかったからさー。レ……いかちゃんは、どう思う?」
「わたくしも、ほとんど触れてきておりません。ただ、この古風なやり方が皆様の目に楽しいものならば、そうしましょう」
「お堅いなー。たぶん、自然なふるまいがそのままキャラっぽいんだろうなって思ってるし……いつものまんまで行こ」
レーネこと「宝持麗香」は、いつも言っていた通りとある道場の後継ぎらしい。にごフェスらしく、コスプレもしつつ警備員代わりの警戒もする、そういうアルバイトに応募したようだった。
「その話を先方にしたところ、こちらで衣装を用意する、と。道着でサムライ、という安直なアイデアだったのですが、そうならなくて助かりました」
「……冗談、じゃなさそうだねー」
いつもの、彼岸花を思わせる和装。けっこうパーツが複雑だと思うけど、スリップドレスを改造して振袖とニーハイソックスを足した、と解釈したようで、かなりスムーズに着られていた。
「よかったー、大変そうって思ったけど、すぐだったね」
「アカネさんは……あっ、どちらが良いのでしょうか?」
「じゃあ、キャラ名の方で呼び合おっか。いちおう、本名バレたらダメだし」
「わかりました、“フィエルさん”」
私の方も、着るだけならそこまで難しくない。ものすごくざっくり言うと水着とそこそこ似ていて、ベルトやカチューシャなんかのアイテムを増やしただけだ。ちょっとだけヒールのあるパンプスだから、演技をするには不安だけど、きちんと動ける靴ベースで見た目だけ整えてもらっていた。……たかがアルバイト一人にここまでコストをかけられるのは、素直にすごい。
「いつものサイドテールと、あの差し色はどうなさるのでしょう」
「あれはプロの人がやってくれる予定なんだって。ほぼ全員分」
「ほぼ全員ですか……」
「プレイヤーとコスプレイヤー兼任? してる人はあんまりいなくて、プレイヤーから募集した素人さんが多めらしいよ」
言うまでもなく、私もコスプレなんてしたこともない。私が大学生になってから、兄が「何月何日だよ……」と言っていたことがあって、それが何かのキャラに似ていた、くらいしか経験がない。意図してやったわけでもなかった。
「じゃ、早めに行こ。レーネもいろいろやってもらうみたいだし」
「わたくしもですか」
更衣室の前で待っていた佐藤さんに連れられて、大きな企業ブースの方へと歩いていく。ちょっとだけごみごみしていた裏方さんのいる方から、どんどんとお客さんの来る表の方へと移動していた。
「毎回来られるわけじゃないんだけど、やっぱり広いわよねー。昔とはけっこう変わってるみたいなんだけど、ぱっと見じゃ分からないの」
「寺社仏閣と同じですね、信仰が集まる場所は志によって形を保つものです」
「志、ね。そうね、いろんな思いがあっても、みんなで作っていくこういう場所を守りたいって思いは……クラファンで六百億以上集まるだけあるんでしょうね」
「に、日本だけじゃないですよね……?」
補修工事をするときの予算をクラウドファンディングしたとき、イベント会場としてもっと拡充したいから、と「ちょっと足りなかった」予算が大幅にあふれて、屋内全体にホログラム機能やらなんやらを付けることができた、らしい。
「あー、あなたたち多分、あの『オタク全史(第5版)』を読んでないのよね……。一大イベントとして、九十年代のアレ以上に大きい扱いなんだけど」
「なんか本あるんですね」
「剣術に関係のありそうな本は読むのですが……」
「まっすぐなやつらめ、って言うべきなのかしらね」
企業ブースの設営はもう済んでいて、裏の方に入る。地面には電源コードがごちゃっとしていて、半端に開いた段ボール箱やいろんなものがはみ出た紙袋がいっぱいある。
「おはようございます!」「おはようございます」
「あら、おはよう。フィエルちゃんとレーネちゃんね、用意してあるよ」
「あとはお願いします。私はグッズの準備に入りますので」
「ええ、ええ。任されたわ」
化粧の薄い、メガネのおばちゃんがいた。
「財田楓よ。どうぞよろしく、ふたりとも」
「揺城赫祢です」「宝持麗香です」
自分もキラッキラにしているタイプではなく、ほかの人を輝かせることが好きなタイプのようだった。
「ささ、時間がかかるフィエルちゃんの方からやっちゃいましょう。髪の毛はまだちょっと短めだから、ちょっと長さを足さないとね」
「はい、お願いします」
動くのに邪魔だからとセミロング以上にしていなかった髪は、結局またその長さに切って、ちょっと伸びたくらいだった。サイドテールにはものすごく長い髪が必要だけど、イベントに出る話が来てからでは、伸ばすにもぜんぜん間に合っていない。色の入ったエクステで、いつもの「フィエル」のやっているようなサイドテールが仕上がっていく――なんとなく感覚でやったからか、ちょっとだけ重く感じた。
「これで動ける? できるだけ動きがまとまるようにはしておいたけど」
「ちょっとだけ――よし、いけます!」
くるっと回ってみたり跳んでみたりしたけど、ちゃんと動ける。レーネが髪飾りとエクステをやってもらっているあいだ、変則お手玉に使うシミターや小さめのボールもひと通り見せてもらって、手に持って使ってみた。
「大丈夫そうね。と、レーネちゃんも終わったから、説明をするわね」
「わたくしは警備員でしたね」
「フィエルちゃんの、ね。会場を巡回したり、ずっと同じところに立ってたりじゃなくて、この子についててあげて」
「デモンストレーションも必要そうですね。フィエルさん。適当なところで、小石なり、壊してもよいものを投げてください。なんであれ斬ります」
「その刀、当然だけど鉄じゃないし刃もないし、アクリルよ? 竹光よりは頑丈かもしれないけど……」
「すこし振ってみました。いけます」
これがリアルスキル組かー、とへんなところで感心しつつ、私はふと気になったことを聞いてみる。
「どうしてこんなに警戒してるんですか?」
「……協賛企業がね。これ以上は言えないわ」
なんだか不穏なことを言われつつも、開演時間が迫っていた。
ユニディメンショナル・フェスティバル協賛企業(一部抜粋)
「財田コンツェルン」「(株)ゲンゾーキネマ」「SIF放送局」「鈴木製パン」「もづき工業」「ブラックツナ・ロジスティクス」「はった乳業株式会社」「日本赤十字社」「医療法人浮養会」(ほか八十二社)




