225 明日はついに!
どうぞ。
八月二十九日――スポーツクラブでのリハーサルも終わり、早めに家に戻って荷づくりをしていた。
先方と打ち合わせをして、あっちに二日間いるとき泊まるホテルも手配してもらった。料金はいちおうこれまでのアルバイト代……と、今月の分をちょっと前借りして、なんとかしている。
「だいじょうぶ? 東京って初めて行くんでしょ?」
「たしかにだけど、あっちの人も来てくれるから大丈夫だよー。さすがに新幹線には乗っていくけど」
けっこうお金はかかるけど、ホテル代以外は、貯めていたお小遣いとアンナからのアルバイト代でギリギリ足りる。あちらで保存するから、ということでフィエルの衣装をタダで作ってもらったうえ、あっちで運んでもらえることになったのもラッキーだった。手配が良すぎる気もするけど、かなり大きな会社だからなのだろう。
「大舞台に立つことになったけどぉ……今のご感想はいかがでしょうか、アカネさん」
「はい、身に余る光栄です」
転落しそうな言い方やめてよぅ、とアンナは笑って「どっちでもやるんだよねぇ」と続けた。
「あ、そうそう。ちょっと覚えといてほしいこととしてね、リアルブースと企業ブースがあるんだけどぉ……」
「屋内でバーチャルタレントのカッコしてると、顔は隠れてる扱いになる、だっけ」
最先端技術がありったけ注ぎ込まれた会場の屋内では、どこでもかなり高度なホログラム技術が使える。投影するための服装なんかも特に指定はないから、リアルブースでは一般客として、屋内の与えられた場所ではバーチャルタレントとして、ふたつの顔を使い分けることができる……らしい。
「そうそう。そこはちゃんと注意してほしかったんだけど、問題はほかの人のことだよぉ。リアルブースに出ちゃったら、アカネがそのままフィエルだってことが分かっちゃう。だから、屋外では知り合いでも絡んじゃダメ。わかった?」
「あ、そうだよねー……ごめん、ちゃんと考えてなかったかも」
屋内だけにいれば「白バニーさん」のまま、屋外だと「白バニーさんのコスプレ」にもなれる――けど、両方を移動する予定になっている私は「白バニーさん本人」になってしまう。推測なんてする必要もなく、一人しかいないからだ。私はゲームキャラじゃないし、人気があってもいちプレイヤーのコスプレをする人なんてそうそういないだろうから、隠しようがない。
そういう理由で、私はバーチャルタレントさんのリアルと出くわしても、最低限の会話しかできない……あっちで友達だ、なんて口が裂けても言えないし、そういうことを匂わせてもいけない。リアルを晒している人ならいいけど、そんな人はほとんどいない。もちろん、私が仲良くしている「NameLLL」の人たちにも。
「あとは……暑さ対策? ちゃんと涼しいところ選んで動かないとだめだよぉ。あっついところで動き回って熱中症、はいちばんダメなやつ」
「それは当然だからだいじょうぶ、いくら即興でも暑い場所じゃやらないよー」
「どうかなぁ。あと、時間見てちゃんと着替えて、休憩と見て回る時間作ること。あっちからタイミング言われてるよね?」
「うん、それも。いちおう午前だけってことになってるし、あとはお客さんする」
夏にやるイベントだから、暑さ対策は万全だ。コスプレイヤーさんたちも、昔からの根性を宿したホンモノの鉄人以外は、午前と午後で分かれている。……ほとんどが鉄人に育っていくと聞いて、ちょっと真似できないなと思っている。
「私は二日目にちょっとだけ行くよぅ。危ないことにならないように、レーネもいっしょに出てくれるって言ってたから……安心していい、かなぁ」
「レーネにも会えるんだねー。でも、あの子が必要なくらい厳重警備なことある?」
「いろいろあるからねぇ。それに、リアル顔晒すことになるでしょ? 何かしてくる人がいないとも限らないんだよぅ」
「安心しとくね、ありがと」
リアルでも木刀で薪を割れる、みたいなことを言っていた覚えがある。実際にどんな感じかは分からないけど、たぶん似た印象の子だろう。
「あっちの人も、言ってくれたらよかったのに」
「あの子から言うつもりだったみたいだけど、あの子もけっこう早く寝るタイプだからねぇ。時間合わないのと、あっちから伝えたかなってことですれ違ったんじゃない?」
「ん、そういうことかー。じゃあ……今日はお昼にログインしたし、もう寝ちゃうね。おやすみなさい、アンナ」
「おやすみなさい。私はもうちょっとゲームしてる」
灯りを消すと、いつものように夜が更けている夜の空で、糸みたいに細い月も笑っていた。
次の「6章 遺失記録:8/30~8/32」は、基本的に前書きとあとがきを入れません。あと、コミケは一回しか行ったことがないので、建物の構造とかはガバガバだと思います。さすがに時間経ってるから改装されててハイテクの塊になってる……ってことにさせてください(懇願)。




