222 一人だとつい考え込む時間になる
どうぞ。
今日は、アンナはお母さんとお風呂に入る日だった。自分が一人になっている――プラスチック製のすりガラスの向こうからは、料理の音がわずかにくぐもって聞こえた。鏡に映ったしっかりした肩が、少しだけ恥ずかしく思えた。
生成りのキャミソールを腰からくっと持ち上げて、しゅるりと脱ぐ。若芽色のブラがあらわになって、けっこう大きい胸と、ふんわり白い谷間が底まで見えた。新体操選手はそんなに日光を浴びないから、肌は地の色まんまになる。顔はメイクするけど、肌の色はわりとそのまんまだ。
(あの人は、細い肩の方が好きだったりとか……なのかな)
新体操選手は、上半身をめっちゃくちゃ鍛えているから、肩回りがかなりしっかりしている。成長期に現役でやっていた私は、けっこうがっしりした肩だった。腕の筋肉はそこまできっちり付いてはいないけど、骨格がいかつい。女っぽくない、とまではいかないけど、ちょっとだけ気になっていた。
別にそんなことはなさそうだけど、ホウイさんといっしょにいたアヤコさんはそうだったから、妙な考えが湧いてきていた。フィッシュテールをするっと抜いて、薄手のスパッツを脱ぐと、ブラと同じ色のショーツがあった。
誰も使っていないから半分くらい倉庫と化しているけど、あそこには男子更衣室がちゃんとある。それに、あの人は欲に任せて押し入ってくるような人じゃないから、万が一にだって見られることはない、のに……なぜか、見られたらどうなるんだろう、と思ってしまった。
誰の声もないから、自分の鼓動だけがひたすらに大きく聞こえた。
ブラのホックを外して肩から抜き、洗濯ネットに入れる。ショーツを脱ごうとしたけど、妙に肌にべったりくっついていて、へんな形に丸まってしまった。そして、ねばついた気持ちが目に入った――できるだけマネキンが着てでもいそうな形に整えてから、洗濯ネットといっしょに洗濯機に投げ込む。ヘアゴムそのままで帰ってくればよかったなー、と思いつつ髪をまとめた。
浴室の扉を開けると、ただ真っ白な体が大きな鏡に映った。レオタードを着る都合上、ぜんぶ脱毛してしまっているから、ほんとうに白い。体型は違うけど、アニメなんかで見るただ真っ白な体に似ている気がした。ざあっとかけ湯をすると、肌を覆っていた汗が流れていくような感覚があって、とても心地よい。
「髪は明日でいっかー……」
石鹸を泡立てて、体を洗う。太ももも背中も、首すじも足の裏も。面積が大きい小さい関係なく、しゅりしゅりと洗っていった。どこかネトついているような感覚があった全身へ、つるっと滑らかにお湯が流れていく。
見せる相手がいくらでもいるはずなのに、これまで考えてもいなかった……「どう思われるか」が考えの内に入り込んできて、くさびのようにがっしりと、ちっとも抜けてくれない。動こうともしない意識が、真夏のお風呂場にも負けないくらいの、妙な湿度と熱を帯びた吐息になって出てきた。
湯船に浸かると、いつも二人で入っているからか、水面が妙に低く感じる。肩までしっかり浸かろうとすると、なんだかおっぱいが妙に軽く持ち上がった。そういえば浮くんだっけ、とアンナのおっぱいの浮き具合を思い返す。これで豪華客船の沈没から生存間違いなしだぜー、とふざけていたのを思い出して、ちょっとだけ笑いが漏れた。
「ん。女の人って、こういう体勢で――」
口まで沈んで、自分の言葉を閉じた。
(でも、私もう大学生だし。……あの人は、どういう気なんだろ)
そういう目線で見てもいる、とは思うけど……もうちょっとだけ、違う考えもある気がした。あの人には、いい人でいるだけではないプラスワンがある、ように思える。
「んむぅ……」
できるだけ頭に血を回すようにしているのに、ちっともそうはならなかった。じんわりと甘くて熱い感覚が、どうしても抜けてくれない。湯船から上がって、鏡を見る。
「ん、と。こうだっけ……」
薬指をくちびるに当てて、ルージュのように撫でる。ぷるりと灯りを照り返すそれは、どんな言葉でも届けられそうだった。
「あっ、目……!」
右目が――いつもはこげ茶色の瞳が、紫色に輝いていた。




