221 どうしてここでラブコメを始めるんですか?(逃走)
総ポイント数が810を突破しました。や っ た ぜ(大迫真)。ちなみにPVは114670、祝福を予定していた数字も突破しております。あぁ^~たまらねえぜ。いつも応援ありがとうございます。
では、どうぞ。
だんっ、と跳んだ体がバーに着地する。たった数センチの幅しかない舞台に、役者が降り立った――チョコレートアイスみたいに甘くて滑らかな旋律に、女神のように美しい身体がしなやかに舞い踊る。何かを求めあえぐような指の動きの隅々まで、なまめかしい曲線が揺らぐたび、美という脈流が行き渡っているのを感じた。
とんでもない難易度の技を連発し、途切れずに跳び、回る。息を呑むほど美しいその演技は、本場のプロに勝るとも劣らないほどのものだった。これが銀メダリストか、とひとつ息をついた瞬間に、くるりと跳んだ彼女は見事な着地を見せた。
銀細工のような模様がデコルテに施され、濃い紫と赤紫の二色が上半身、あばらから腰あたりまで斜めに切り込んでいる。フレッシュな黄緑の一本線を境界にして、お腹あたりからおへそ、さらに下はすべて純白。ここ「まきしおスポーツクラブ」の新しいレオタードに身を包んだ彼女は、ほんのりと薄い微笑みを浮かべた。
「どうだった?」
「すっごく綺麗だった。ほんとに、息も忘れちゃうくらい……」
烏野曖音――‘08年度オリンピック、新体操・平均台の銀メダリスト。大きな肩書に見合うだけのテレビ映えのする受け答えもできるし、競技への熱意は私が知っている誰にも負けないと確信している。
……けど、メイクを落とした顔はあどけない表情をとることが多いし、けっこうキツめの下ネタなんかも言うし、カラオケに行くと微妙に歌うのが下手だったりもする。そういう色んなところがある彼女にいちばん近いのは、たぶん海野コーチだろう。スポーツクラブに復帰してから何度か出くわして、話す機会があったから、お互いの目標のことや墨帖さんのことも知っていた。
何か用事があって来たのか、墨帖さんがこちらに歩いてくる。
「あ、来たよカレシさん」
「別に付き合ってるとかじゃないんだけど……」
「あれだけ女の顔してるくせに。はよざこざこスプリンクラーしちゃえ」
「うるせー、右手フレミングしてるがいーぜー」
私もうカレシいるしー、と子供みたいなことを言い出すので「もしもし週刊オーディですかー?」とこっちも乗ってふざける。
「あでも、いいなってヤツはいるの。墨帖さんほどでっかい人じゃないけど」
「僕はそれほど背丈がありませんが。文脈から察するに、股間の話ですか?」
どうやら話は聞かれていたようだった。しかも、スラング混じりなのに意味を把握されている。照れ隠しも混じりつつ、なんとかごまかす。
「うわー」
「うわひど」
「どうして急にはしごを外すんですか!?」
「そこはスラングで言いましょうよー……」
勉強中ですので、とあくまで真面目に言っている。
「新デザイン、無事に完成したようで何よりです。こうしてみても、美しい」
「照れずに言えるのすごいよね。ほれ、アカネもかわいいよ」
「どうですかー? 見慣れてますか」
「いえ。新鮮な驚きもあり、安心感もあり。とても綺麗ですよ」
ふふん、と誇ってみせたけど、顔が熱い。
「前と同じ、上下で色が違うようですが……色の配置がアヤメのようで、とてもセンスがいい。世界の舞台にも、これで立つんですね」
「大学はちょい遠めのとこに行ってるけど、そっちは進路のためだから。小っちゃいときからずっとここで、コーチ変えるとか考えられないの」
他の県にも体操教室はあるし、ここのスポンサー企業の「墨帖繊維工業」もギリギリ隣の県に入ったところを本拠地にしている。曖音がほかに拠点を移す可能性は高かったし、そっちの方が都合が良かったんだろうけど……こういう、ちょっと子供みたいな理由で、彼女はここに在籍し続けていた。
「そろそろアカネが発火しちゃうから、視線外したげて?」
「ああ、すみません。そういえば、平服のあなたを見ていなかったなと思いまして」
「へいっ!?」
「女将ぃ、やってるかい」
曖音のおへそをぷすっと突いて「にゅへっふ」と口から空気と力を抜きつつ、「おやー、それって」とできるだけ平静を保つ。
「なんですかー、デートのお誘いとか?」
「んっ? ……ああ、まあ……、そうかも、しれませんね」
「せんせー、アカネがラブコメしてるー!」
「他人事だと思ってー……」
楽しいことを予期するような顔ではなくて、何かもっと重要な用事がありそうな、妙な顔をしていた。がんばって話題を逸らす。
「にごフェスでも、このくらいアツい視線くださいねー。できれば声援も!」
「もちろんです。案内役も連れて行きますから、お手柔らかに」
「アカネもすっかり、うちの看板勤められる器になったなぁ。応援してるね」
「来てくれてもいいんだよ? ちょっと新幹線乗るけど」
遠いってー、と苦笑しているけど、「できるだけ行くね」ときゅっと手を握っている。
「ああ、揺城さん。僕が……、あなたに興味があるのは、本当のことですよ。いずれまた、機会をいただければと思っています」
「また来たときにでも、打ち合わせとかしましょうねー」
茶化して飲み物を取りに向かうふりでもしないと、うるさすぎる鼓動があの人にまでバレてしまう気がして……私は足早に、水筒を置いてある方に進んだ。
冒頭のシーンを書くために500本以上の動画を視聴したのですが、あまりうまく表現できませんでした。やっぱ本物には敵わないな……ちなみにですが、いくつか動画を漁ると「あっこれかぁ!」ってなるデザインのレオタードが出てきます。これいいよね的なオマージュを込めています。
お互いクソザコすぎて素直に言えない恋愛、まあどっちもまともにそれっぽいことしたことないし仕方ない。本作に百合タグが付いている理由は以前説明した通りなので、本筋は異性愛の方面で進んでいきます。女の子同士のべったりねっとりはこれからもあるので、そちらで百合を摂取していただければと。




