21 口の中はいつも真っ暗
どうぞ。
――曲なに入れる?
――え、じゃあ『キラ星選隊イチバンファイブ!!』で……
――大選隊シリーズ好きなんだー。じゃあ私は『キラナイ』にしよっかな。
――や、お兄ちゃんから聞いただけで。ちょうど覚えちゃったし。
家に特撮大好きな兄がいたころ、毎週きちんとニチアサを見ていた。「大選隊」シリーズと「カメン」シリーズ、たまに夜に見返しているときには私も見た記憶がある。
ちょうど去年の高校三年生、たまたま新体操の高校総体に出られることになった――本来なら別の子が出るはずだったのに、全治で見ると間に合わない、練習するならギリッギリでなんとか間に合うくらいの、本当に微妙なタイミングでケガをしてしまった。本来なら大会なんて出られないはずだったから、すごく嬉しかった。
ゆか運動で踊る曲どうしよう、と思って兄に相談したら、特撮のテーマソングを聞かせてくれた。けっきょく兄のお気に入りらしい『イチバンファイブ』という……「みんながイチバン」という嘘くさいテーマを掲げた作品のオープニングで踊ることになった。噓くさいと言いつつ、見てみたらけっこう面白かったのは収穫かもしれない。
ほかの競技はそんなにうまく行かなくて、ボールで挑んだゆか運動だけが三位、優勝はライバル校に譲ることになった。中学から、スポーツクラブに通ってまで続けていた新体操で……ステージで輝けたのは、たった一度だけだった。
補欠でギリギリ入って、しかも順位を落としたせいで、部活内でのいじめが始まった。男に媚びてるとか、烏野選手と同期のくせに下手なんて終わってるとか……ちょっと噂をされただけ、ちょっとだけ無視されただけ、一回着替えを盗られて体育館の外に投げ捨てられただけ――「だけ」ではなかったし、みんなが敵というわけでもなかったはずだ。それでも、耐えられるわけがなかった。なんでやめるの、なんてからんできた子もいたけど、どうでもよかった。
十五歳からオリンピックに出ている、スポーツクラブの同期がいたのも……ひどくみじめだった。ぽっきり折れたところにアンナが来て、兄が家を出て学生婚して、あれよあれよという間に押し流されていた。何も解決しないままここまで来てしまったけど、これでよかったような気がする。
「アカネも思い出してるねぇ。ごめんね、私のせいで」
「ううん。私は、ほんとに……なんにも解決してないからさー」
法律上でも、アンナがこの家にいることには何の問題もないらしい。どこにあるかも知らない裁判所で、母親は二度とこの子に関わるな、と命令が出たとかで、電話しているところを見たことすらない。そもそも、ほとんどの時間をVR空間で過ごしているから、というのもあるのだろう。
「ほんと、一年も経ってないのに馴染んじゃったなぁ、私。あのとき十月だったから、まだ半年ちょっとかぁ。忘れてなくて、当然なのかなぁ」
「そっかー……毎日いろいろありすぎて、半年って感じしない」
「いつもありがとね、アカネ。ほんとぉ……あのとき、一日だけでもおいでよって言ってくれて、一生ありがとうだよ」
「いいよ。あのとき、たぶん大丈夫! って思ったの、間違ってなかった。お父さんもお母さんも、めっちゃ全力でアンナ守ってて。昔から変わんない、私の尊敬してるふたり」
いま思えば、兄がヒーロー大好きだったのも、いちばん身近に誰よりカッコいいヒーローがいたからかもしれない。指針があればそのままに、なんて思えていたのも、信じていればそれで何も問題なかったからかもしれない。
……だからこそ、それが崩れた日に耐えられなかった、のかもしれない。
「今からじゃ解決難しいかもしれないけど、……アカネならきっと、昔の私よりずっと強いって信じてるから」
「……うん」
話題を変えるように、「あ、そうだ」とアンナは言った。
「ギルドの申請、〈水銀同盟〉でやろうと思ってるんだぁ。いい?」
「いいと思うよー。ずっと作りたがってたもんね」
高校のころは部活に勤しんでいたから、VRゲームをやっている余裕はなかった。中学校のころから親友と言ってくれていたけど、メタバースでちょっと話すくらいだった。同じゲームはできなかったから、今になって初めて同じことができる。
「ほかの人がどんなふうにギルド作るのか気になるなぁ。和気あいあい! って感じだといいんだけどねぇ」
「ギルドって仲良しグループでしょ? そんなにギスギスしないと思うけど」
「いやぁ、どうだろねぇ。ガチ勢って聞いたことあるでしょ? あれゲーム用語だよ」
「あそっか、普通のことって本気でやるのが普通だもんね。本気でやんない前提のことガチでやる人……」
ゲームを本気でやるのはいいけど、楽しくやれるのがいちばんいいはずだ。
「あ、アカネはもう陣営入った?」
「陣営……って、ギルドじゃなく? というか何の?」
「まだかぁ。意志ごとにいろんな人が所属してる「陣営」があってね、……【狂妄】は未発見みたいなんだけど、賢者なら「礎石集会」とか」
仮面を持っている人は何人か見かけたけど、団体っぽい人たちのことはちっとも分からない。何かあるかもしれないと思いつついい感じの温度になったスープを飲み干して、折り畳んだカップ麺のふたを容器に突っ込む。
「じゃー後半戦、二人が帰ってくるまでやろっか?」
「いぇーい!」
ゆったり部屋に戻って、すぐにゲームを始めた。
『キラ星選隊イチバンファイブ!!』
突如としてやってきた不可思議な怪物「ペッター」の侵略にさらされる世界。一人が消滅し、一人が折れかけ、すでに瓦解していた特殊部隊「イチバンファイブ」が落とした変身ブレスを拾った獅星コウジ。彼はなぜかブレスに適合し、戦士「マッカーワン」に変身する。そのままイチバンファイブに加入したコウジを中心にして、彼らと「ヌリカ・エデン」との戦いが幕を開ける!
前に書いていた『低レアさんのほどほど無双』という作品において、「ネタ切れした」というネタで「もう投げ出してぇ……」という衝動をラスボスにした話を書いたとき登場した作品。なろうにも戦隊ものあるんだよな……と思ってアイデアだけ出していたものをでっち上げた。個人的に、書いてていちばん楽しかった部分でもある。