202 世間はあんがい狭いからおててつなぐ(なかよし!)
どうぞ。
あっそうそう、と急に海野コーチが言った。
「今日もうすぐ、スポンサーの人が見に来るのよ。時間的に生徒さんいないはずだったんだけど、かち合っちゃうから、ちょっとー……ね、よろしくね?」
「えっ、はい……? がんばります」
創立者の人はいちおう知っているけど、スポンサーの人は誰だったか、と首をひねる。
「ああ、生徒さんは知らないわよね、スポンサー誰かなんて。明記してるわけでもないし」
練習に使っている道具や服を作っているメーカー企業、競技そのものに出資してくれている協賛企業。あと、いちおう株式会社扱いだから、このスポーツクラブの直接の出資者扱いになる企業さんもあるらしい。
「墨帖繊維工業さんってところでね。蚕両の方に本社がある、全国規模のすっごい会社よ。社長一族が、牧塩が地元だってことでスポンサーやってくださってるの」
「今日、後継ぎさん来るって」
「え!? ちょちょっと、それ先に言っといてよ……えっ、どうしよ」
「練習アタシが見てるから、海野先生は安心して」
ぐっとサムズアップしているけど、安心できる要素がどこにもない。
そんなわけで、アレーナ先生に見てもらいながら、ベリーダンスのシミターや新体操のクラブなんかをあれこれ混ぜた、雑多お手玉をしていた。ジャージで練習しながら、やっぱりレオタード買っといた方がこういうときのために良かったかな、でもめったに来ないだろうしなー、とぐるぐる考える。
「アカネ。手先だけで演技できるなら、話しながらにする?」
「あっ、すみません……すぐ話題尽きちゃいませんか?」
できる気あるのね、とちょっと呆れられてしまった。
「じゃあ本番に近くして、回転入れて三周、次はジャンプも入れて三周。横跳びしながらもしよう、ステップも大事だから」
「はい!」
くるっと回りながらお手玉をして、ジャンプしながらのお手玉と、左右にステップしながらのお手玉もやる。ステージを用意してくれている星見遊戯場株式会社さんが、「ボールの上でやるのはいかがでしょうか」と――安全上、そこまで弾むボールではないし転がせないけど、そういう提案もしてくれた。身近で地上でお手玉するだけなら、きっとこのクラブの年少さんにだってできてしまうから、すごそうなオプションを付けようという判断だ。
「じゃあ次は、ですね!」
「ちょっと待って、いったんおしまい」
「ああ、いい。続けてくれ」
「あっはい、続けます……」
スーツの男性と、その息子らしい青年のふたりがこっちに来ていた。変則すぎるお手玉をじっと見て、すこし首をかしげていた。
「あー、その。これは……あれか、デパートでやるパフォーマンスの練習か? なかなか面白い試みだな」
「この子、にごフェスに出るんです。企業ブースでコスプレしながら」
「ほお! おお、そうか。どこの会社だ、うちの手が届くところならいろいろできるぞ」
「ど、どこだったかしら、アカネ?」
星見遊戯場株式会社さんです、と答える。
「ああ、あれかー……『ストーミング・アイズ』? 春に出たゲームだったかな。お前もやってなかったか、与一」
「ええ、父さん。これでも少々の実績はありますよ」
「ゲーム内のすごい人ならだいたい倒しましたよー?」
「ははは、これは面白い。僕も、最強と謳われる人を討ったんですが」
なんとなくお互いの正体に察しがついて、ちょっと気まずくなる。
「……休憩にしようか。話しておいで」
「行ってきます」
まるで手をつないでもらえる前提だった子供みたいに、「ヨイチ」と呼ばれていた青年は手を空中に彷徨わせていた。
「おてて、つなぎますか?」
「え? ああ、いや……僕は何をしてるんだ」
自動販売機のある下駄箱近くまで歩いて、「なに飲みますか」と聞いてみた。
「レモンティーを。って、いやいや……僕がおごりますよ、いまお財布持ってないでしょう」
「ふふふっ、すみません。じゃあ図々しく!」
と言いつつスポーツドリンクのボタンを押した。なんだかんだ、自販機で買うと高いから、おごる人からしたらけっこう驚くジュースの代表じゃないだろうか、と思っている。
「ここで……いや、現実で会えるとは思ってませんでしたよ、フィエルさん」
「こっちもですよー、ホウイさん。ディリードさんが負けたなんて、一度も聞いたことありませんでしたから」
最強、「と謳われる人」。ディリードが最強なのは事実で、結局対人戦では無敗だ。そして、あの人とギリギリ相打ちになったのは私だし、あのときのホウイさんはアマルガム所属ではなかった。別界隈の最強がいるなら別だけど、「最強ではないかもしれないがそう言われている人」は私で、それを倒した人はたった一人だけになる。……自己申告だから、大きなことを言っているかもしれない可能性はあったけど。
缶を差し出してくれたヨイチさんは、手近にあるベンチに座った。ちょっと近めに座ると、少しだけ距離を空けて座り直されてしまう。
「ほんとうに、現実でもパフォーマーだったんですね。しかも、十万人規模のイベントで」
「いやー、ほんとにたまたまで……。お恥ずかしいところお見せしないようにって、必死で練習してます」
ゲームと同じことはできないから、見た目の派手さはどうしても劣る。現実ってこんなもんか、とは思ってほしくないから、少しでもハジケて面白いものを見てほしい。という感じのことを語っていると、ふいに鎖骨のあたりにあるタトゥーが目に入った。
「それ、どうしたんですか? 名家の後継ぎさんなのに」
「そっ、その目……!?」
「クマもすごいですけど。ちゃんと寝られてますか?」
「いえ、……大丈夫です」
座っている場所が一瞬で何センチかズレた気がしたけど、表情は戻っていた。
「白バニーさんの衣装でやるので、ぜひぜひ見に来てくださいね。好きでしょー?」
「くっ、どうしてバレてるんだ……!?」
「ふっはっはー、この年にもなったら視線がどこ見てるかくらいわかりますよーだ」
「急に子供っぽいことを!」
立ち上がって、飲み終わったジュースの缶を自販機の横にあるごみ箱に捨てた。
「“あなた”のことは、少しわかりました。仲良くなっておいて、損はしないようですから……現実でも、良くしてくださると助かります」
「それはもちろん。というか、私がヨイチさんに頼っちゃう側だと思うんですけど」
「確かに。僕は出資する側の人間でしたね」
「どうでしょう、このスポーツクラブ」
いいと思いますよ、とにこやかに応えてくれた。
「小規模ながら、優秀な先生が揃っているようですね。もともと、スポーツはどの地方からでも国の代表が出るものですが、十五年で三人を世界に送り出している。なかなかない成果です。一見すると関係のなさそうな分野にまで進出していますから」
「してます」
ちょっとだけ見上げるくらいの青年は、優しく微笑む。
「社としても、個人としても。応援させてください」
「ありがとうございます。がんばりますね!」
ひょいっと顔を出したアレーナ先生に手を振って、私たちは体育館の方に戻った。
6章「記録」(仮)はすべて、前回のような形式で書きます。そのあいだ前書き・あとがきはすべて存在しないため、一切のノイズなしでお楽しみいただけます。説明はいっさい行いませんが、劇中で起こっている以上のことはありませんので、ご理解の妨げにはならないものと想定しております。ご了承ください。




