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いつでも真面目ちゃん! ~VRMMOでハジケようとしたけど、結局マジメに強くなり過ぎました~  作者: 亜空間会話(以下略)
5章 今は一人で歩こうローズ:行き雪疾くほどき

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’11年7月21日午前4時11分:■■県牧塩市戸森4-1-22 三汐海岸付近・墨帖本邸

 これは夢だ、とどこかで確信していた。自分の姿がまだ中学生だったころのように細くて小さくて、その自分の手を引いている誰かがいる。自分の部屋を出たかと思うとどこかの砂浜にいて、リゾートの石畳を歩きながらお祭りの屋台が居並ぶ中を歩いていた。


 手を引かれるままに進んで、奇怪な被り物をした人々の中を行く。道行きの途中で、明るいのか暗いのかさえ分からなくなっていった。オレンジ色の灯りがたくさん灯っているが、手を近付けてもまったく熱を感じない。灯篭に手を触れようとすると、青い目がいくつもぎょろりと開いて、ぐっと引かれた手にすがるようにして逃げた。


 墨帖与一が子供の頃から何度も見た、「お祭りの中を歩く夢」。けれど、その夢はいつも途中で終わってしまう。灯篭に近付けたことはそこまで多くなく、青い目が見えたこともほとんどない。



――この夢の先に、いったい何があるのだろう。



 小さな頃は祖母に揺り起こされ、中学生になってからはお付きのメイドに起こされ、夢を最後まで見ることはなかった。夢が続くこともなく、いつも家から出るところから始まる。そういえば、手を引く女の子の顔を見たこともなかった。


(女の子? には、見えないけど)


 洋ナシ型の体形にひどく短い脚、異常に長い腕に奇妙に細い指。被り物の下から髪の毛は一本も出てきておらず、「女の子の顔」の張り子を頭にかぶせているだけだ。まったく疑問を覚えていなかったが……こんなものに手を引かれていて、本当にいいのか。そもそも、中学生の時分の与一と同じ、百五十センチ代の身長なのにこのような体型なら、こんなバランスの人間など存在するのか。


 これ(・・)は、「女の子」なのか――そう呼べる存在なのか、そうカテゴライズしてよいモノなのか。ぐいぐいと引かれている手は、このまま握っていてよいものなのか。疑問が浮かんできて立ち止まろうとすると、女の子の顔をした張り子がこちらを振り向いた。本能的な恐怖に、全身が総毛立つ。これ(・・)は、絶対に「女の子」ではない。


「や、やめてよ……」

『こかかここかっかかここ』


 クルミの殻を鳴らすような音が、周囲の被り物をしたものどもから聞こえた。張り子で造った人の顔の被り物をしていながら、体型や声が人のそれとはまったくかけ離れている。冷静になると、お祭りの屋台にあるものは、何もかもが空疎な偽物で現実のそれではないことに気付く。食べ物のようなものは食べ物ではなく、人のようなものは人ではない。


 気付くたびに頭が冷えて、思考が冴えていく。ここは夢だが、脳の見せるいわゆる「夢」、羅列的データ処理の過程で生まれる映像ではない。現実のそれとは違うもうひとつの体験、非現実であるものの現実にも影響する力を持つ“夢”。


「誰か! 誰か、助けて……! 誰か!!」

『それは“わたし”のもの』


 張り子の被り物をしたものどもが、とつぜん現れた金魚に食い荒らされていく。キュゥウイッ、と奇妙な音が聞こえたかと思うと、うすぼんやりとしてはっきりしなかった空が、銀河と夕焼けが同居した不可思議な空間に塗り替えられた。


『あなたは“わたし”のもの。ちゃんと証拠をあげるから、安心して? 眠っている目も、役に立たない鎖も、もうお役御免でいいわ。だって“わたし”がいるんだもの』


 どこかで……ごく間近で見たような姿の少女が、屋台の上に座って、脚をぶらぶらさせていた。


 黒く長い振袖には白と桜色の花が染め抜かれ、金糸で入れた雲の刺繍が、無邪気な脚の揺れに釣られて、チロチロと光を散らす。腰帯から下はハイレグで、脚はほとんどすべてが晒されている。右の太腿に巻いた梅色の紐が、むっちりした脚線美を強調していた。後ろ側に回った布が、まるで蝶の尾のようにゆるりと揺らぐ。


 長くたなびく黒髪は、左だけがゆるめにまとめて垂らされている。鉛色のルージュは、どこか狂気を帯びつつも、でたらめに揺らぐ光源とやわらかな表情で和らげられていた。


「き、君は……いったい、誰なんだ?」

『双面六相・弄す対称・夢重の遥痕、蝕主の鮮やかな唇(オープニング・キス)

「なんだって……?」

『覚えていなくてもいいわ。だって、名前なんて大事なことじゃないもの』


 それに、と飛び降りた少女が与一の横に降り立ち、彼を抱きしめる。そして首にちゅっとキスをしたかと思うと、ふいに鋭い痛みを与えてきた。


「ッ、何をしたんだ」

『“しるし”を付けたの。これであなたはいつまでも、絶対に“わたし”のもの。誰にも奪えない、誰の手も届かせない。だから――余計なお世話よ、かわいい皆さん?』


 どこかで、映像で動いているところを見たような数人の女性たちが、こちらに向かって歩いてきていた。


「姐さんっ、あの方も才能がおありだったということでしょうか!?」

「そうね。ブルームアイ……昂変虹彩。しかも、完全に分離している……」

「えっ、じゃあ知らないふりして戦わなきゃいけないのね?」

「最初にスカウトしようとか言い出したあんた、結局正しかったんだ」


 山羊のツノを生やしたボーイッシュな服装の少女、占い師のような女性、背中にコウモリの翼を畳んでいる金髪ツインテールの少女に、ボブカットの毛先や四角くまとめたゴスロリ風の服装のあちこちに触手の意匠を含んだ女性。見覚えはあるはずだが、どこで見たのかはちっとも思い出せない。


『そろそろ来る寿命より早く死にたいなら、相手をしてあげてもいいけど。空間ひとつ作れないヒトごときが、ちょっと予約をするくらいのことを咎めに来たの?』

「いいえ。守る相手が限られているとはいえ、私たちより大きな敵も相手取れるようだから……することは何もないわ。いつでも連絡して」


 ええ、と仮面の少女が微笑んだかと思うと、いつの間にか、四人の少女たちの影には金魚が何十とひしめいていた。


『そこから声が聞こえると思うわ。表には連絡しないから、安心してね?』

「あ、あなたたちは」




 月を見るためにカーテンを閉めていなかったからか、朝の四時をすこし過ぎたところの部屋には、すでに朝日が差していた。窓ガラスに反射して、まるで魚の鋭い歯に食いちぎられたかのような傷痕を残した張り子が、部屋中に散らばっているように見えた。


「……なんだ、その具体的すぎる妄想は」


 軽く頭を振って自嘲する――素人感・手作り感満載の人の顔を模した張り子が、鋭い歯を持った魚たちに食い荒らされて死んだなどと、あまりに狂った意味不明にすぎる妄想だ。そもそも、光源は窓の外にあるのだから、窓ガラスが反射して部屋の中を写すことなどあり得ない。


「ッ、……?」


 ちくりと痛んだ鎖骨のすこし上を、姿見で確認する。そこには、まるで三日月のような形に体をくねらせる、魚のタトゥーがあった。ウロコの模様はとても精細で、これが人の手になるものならば、さぞ高名な彫師のものなのだろう。


「そうめんりくしょう、ろうすたいしょう、むじゅうのようこん……」


 耳元でささやいて教えられたような、呪文のように不可思議な言葉を繰り返して……考えることをやめた。それが何であれ、理解することはできない。


「お祖母様に、お話を伺うか……」


 墨帖与一は、老人ホームに向かう予定を立てた。

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