2 できるから何でもやろうの時忘れ(字余り1)
(2025/10/09 一部表現を修正)
どうぞ。
街中でバニーガールはけっこう目立つなぁ、と他人事のように考えた。そもそも街に入れないよりはマシだけど、悪目立ちもよくない。この服装に似合う場所ってあるのかな、と歩き出そうとすると、視界の中央に[チュートリアルを受けますか?]とメッセージが出てきた。
「あ、そっか。最初に手ほどき受けてたら、ちょっと有利になるんだ」
剣道未経験だったら、剣の振り方は教わった方がよさそうだ。同じように、現実だと触ったこともないものを扱う戦いは、練習できる機会があったらしておくべきだろう。どんなのがあるんだろう、とタップしてみると、また不思議空間……ではなくて、どこかの牧場みたいなところにワープした。
今度は「Master of All technics」と書かれた腰ひもを巻いた、軍服のお姉さんがいた。牧場に軍服はなかなか面白い組み合わせだ。
「いらっしゃい、私はティニーよ」
「フィエルです」
「フィエルちゃんね。〈道化師〉かしら、珍しいわね」
「〈道化師〉って面白そうなのに、少ないんだ……」
もしかしたらバニースーツがイヤなのかもしれない。どうせレーティングの高いゲームなんだから、そういうとこハジケてもいいのになー、とちょっと悲しくなった。
「ところで、チュートリアルってどんなものなんですか?」
「いろいろ、使い方の案内をしてるの。新しい道を歩み始める人も多いでしょう? これまで持ったこともないものを使う人、とても多いようだから」
わりと思っていたことそのまんまみたいなので、受けられるチュートリアルを確認してみると――
「わ、多い」
「いくらでも付き合うわ。それが私の仕事だもの」
道化師に扱える武器がいくつもあるせいか、武器ごとのもの、最初に教わっておくべきこと、ちょっと背伸びしたものなどなど、二十回以上受けられるようだった。せっかくだから、と私は全選択を押した。
「ぜんぶ、お願いします!!」
「あら、がんばるのね。がんばって、完了してみせなさいな」
まずは武器のチュートリアル、〈カード〉〈ステッキ〉〈ハット〉〈時計〉〈飾剣〉〈ボール〉の六種類を始めることにした。
「こういうのも武器なんですか? あんまり見たことないような」
「人を楽しませる道化師が、血の匂いのする武器を持つわけにはいかないわ。けれど、危険なことの多い世の中だから、技能は身につけておくべきよ」
職業には、前提になる心構えがあるようだ。そんなに気にすることじゃないと思うけど、チュートリアルを受けるとそういうことも聞けるらしい。説明が始まる直前に、こっちの服がいかにも練習用らしいレオタードに変わった。
「さて。〈カード〉の役割は、大きく分けて「封印」「幻惑」のふたつがあるの。戦っても強いけれど、後衛になることが多いわね」
ティニーさんが手のひらに取り出した、トランプの箱みたいなカードデッキには、たぶん半々ずつ、白黒のカードが入っていた。
「じっさい、何ができるんでしょうか」
「まずは、あっちから来たスライム……あの子にカードを投げてみなさい」
ティニーさんは黒い方を手渡して、ぴょんこぴょんこと跳ねてくるスライムを示す。言われるままに、カードを投げた。
「ていっ」
自然に発動した特技〈シールバインド〉が、スライムをきゅるるっと吸い込んだ。
「いい調子よ。手元に戻ってきたカード、図柄が変わってるのが分かるかしら?」
「スライムですね」
「そう。今度は逆に、カードからスライムを出してみなさいな」
「えっと……あった、〈バインド・リベレイト〉?」
封印を解くと、今度はスライムがしゅるっと出てきた。なついていない猫のような様子で、こちらをうかがっている。カードは光の粒子になって、ふわっと空気に溶けた。
「あんまり懐いてないわね。でも大丈夫、かんたんな命令は聞いてくれるわ」
「ジャンプ!」
ぴょいっと飛び跳ねて、誇らしげにしている。思ったよりだいぶかわいい。黒いカードは、たった一回ずつ封印・開放しただけで消えてしまうらしい。けっこうな浪費のような気がするけど、これでいいのだろうか――と思っていたら、言葉が続いた。
「もう一回封印したいときは、もう一枚投げるのよ。カードの中は時間が止まるから、仲良くしたいときは外に出して、ご飯をあげたりすること。……ひとまず、封印の使い方はこんなものね。次は幻惑の方を説明するわ」
これまでの黒ではなく、白いカードを取り出したティニーさんは、人差し指と中指の間で挟んだカードを、そのままくるっと回した。すると、カードが紺色に変わる。そこで、ティニーさんはデッキを手渡して開けてくれた。
「デッキには最初、白黒が二十七枚ずつ入ってるの。黒は封印に使う方、白は他のことに使う……ただ白なら投げる、色を変えるとさらに別のことに、って感じかしら」
「これも、さっきみたいに消えちゃうんですか?」
「ええ。でも、条件が厳しい分だけ、できることは多いわ」
ぼう、と燃え上がったカードが人間大に膨れ上がり、ティニーさんが分身した。二人ともが続けて一枚ずつ、デッキから白いカードを取り出した。もう一度、さっきと同じように回転させたけど、片方の持っているカードは紺色にならない。
「わかった? よく見て、白いカードが減ってないでしょう。最初から手に持ててないし、使えてもいないの。これが偽物の見破り方よ」
「なるほど……!」
ぴっと人差し指を出してきた偽物に触ろうとしたけど、すり抜けた。よく見ると、すでにカードを持っていない。ごまかしの強度にも、幅があるみたいだ。
「これは〈スクリーンフェイス〉。自分の姿をした幻を作って、相手をごまかすことができるの。同じように幻の属性を持った技なら、この分身にも使わせられるわ」
「おぉー……?」
微妙にわからないけど、いろいろ覚えた後で試してみるのもいいかもしれない。
「技をひと通り使ってみるのもいいし、上からぜんぶ使ってみるのもいいわね。気が済むまで試してごらんなさいな」
「やってみます。まだまだいっぱいあるし」
こんなに集中したのはいつぶりだろう、とあれこれ試して、次に次にとやめどきを見つけられずに続けていると、ようやくチュートリアルが全部終わった。めちゃくちゃ長時間やってた気がするな、と時計を見ると――
「あれっ!? よ、四時間経ってる!」
けっこうな数の初期チュートリアルと応用編までぜんぶ、一体いくつをクリアしたか分からないけど、時間だけはしっかり経っていた。ちょっとやりすぎたかもしれない、なんて思いながら、その日はログアウトした。
初期コスは五種類くらいあります。ふつうのピエロもあったんじゃねーかな……(横にスクロールすれば)




