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17 ひとりでやろう数の暴力(実践編)

 どうぞ。

 はらはらとほどけた楽譜が広がり、劇場全体に広がっていく。縦横無尽に糸を張り巡らされた劇場は、そしてヴォンッとひとつ鳴らすような音とともに、たったひとつの形に折り畳まれていった。


 いくつもの楽器を組み合わせたキメラ、とでもいった様子の怪物が、さっきまでいた人魚のような美しい声で鳴く。白黒のチェス盤みたいな地面は変わらないのに、劇場とオーケストラがぜんぶ無くなってしまった。もったいないなぁと思いながらも、カードを投げて様子見をした。


「固いけど、ちゃんと傷はついてるね……」


 ボールを出すかどうかは、相手の攻撃しだいだ。すぐ壊されてしまいそうなら、出さない方がいい。ちょうどいいタイミングで壊れるなら、それはそれでお得だ。どっちにしようかと考えていると、〈ホット・アラーム〉が発動した。〈熔充送戯〉がもう一度発動し、怪物にいくつもの熱が叩きつけられた。


 糸でつながった拳がぐわっと開き、しゅるしゅると飛んでくる。地面に突き刺さった手のひらは、そのまま抜けて元の場所に戻っていった。これなら問題はなさそうだ、と判断した私は、いつものようにボールを出して飛び乗り、〈ギガントスケール〉で大きくして〈は図み軽魔ジック〉で円陣バウンドさせる。新体操での経験は、ボールよりもトランポリンの方が活きている……配信だとやたらすごいと言われていたけど、スキルでの補助もあるから、思ったより簡単だしすごく楽しい。


 音波攻撃がふわふわと飛んできたけど、当たってもそこまで威力がなかった。飛んできた拳にボールが弾かれるけど、円陣を保つ効果のおかげか、ちょっと輪が広がっただけで終わる。


「よし、このままいけそう……!」


 ボールの上で跳ねながら、カードとステッキでちょっとずつ攻撃する。


「うーん……これが〈道化師〉の弱点かぁ」


 ティニー教官のところで教わったけど、「みんなを楽しませる道化が、血の匂いのする武器を持つわけにはいかない」という理念は、すごく正しいと思う――けれど同時に、攻撃がぜんぜん強くないことをも保証している。〈リンクボルト〉みたいに、条件が合えば強い技もあるけど、基本的には弱い。一瞬だけ攻勢に回ってずどんと一撃かませば強いけど、それが続かないから、敵が強いと戦いが長引いてしまう。


「付加ダメージ、けっこう攻撃力依存だから……あんまり強くならないのかぁ」


 いろんな種類があって、だいたい何をしても強くなれるようになっているけど、今のところはまだ弱めだ。ここからまだ伸びるなら、もっともっと楽しくなる。残りひとつになったカードデッキを、ぱんと手を合わせて増やす。


 さっと取り出したカードを投げに投げて、キメラの表面にはじける火花を見た。クールタイムが長い特技がいくつか、そろそろ使えそうなタイミングが来ている。跳ねるボールに拳が飛んでくるけど、微妙にこするだけで済んだ。分身が消えそうになった途端に、クールタイムが回復した――さらに増えた私の姿を見て、敵も広範囲に音波を飛ばした。


「わ、っと……! 今のたぶん、ヤバいやつだ……!」


 ボールの表面の革が、ちりっと破れた。音だから頑張って高く跳んだけど、音以外の攻撃ならボールを盾にしてもよかったかもしれない。どうして今まで思いつかなかったんだろう、とちょっとだけ後悔しながら、飾剣を握る。兄に教わったあのポーズはエンタメ向きの魅せ技、両手に持った二本にエネルギーを溜めて、〈熔充送戯〉を放った。


 ドドドッ、と八人分かけること二回の十六連撃を、〈ホット・アラーム〉で再発させる――怒り狂った声が響き渡り、手刀の形に固めた手がぐるぐると周囲を薙ぎ払った。ジャンプで回避できた、と思った次の瞬間、キメラはこちらを見て口を大きく開けた。恐ろしいほどの絶叫が、超巨大なエネルギーを帯びて放たれる。


「っ、〈ヴォルカナイト〉!」


 足元にすっと飛んできたボールを、落下の勢いも載せた回し蹴りで叩き込む。ふたつめのボールまでは壊れ、たった三つになったボールはしかし、ドドドッと連続でぶつかる。チュートリアルでもらった、これまで使い倒していた「子供用ボール(中サイズ)」はこれで完全破損してしまった。


 予備に買っておいた「懐古の白球」と入れ替えて、また〈ギガントスケール〉と〈は図み軽魔ジック〉のいつものコンボでトランポリンする。飛んできた音波攻撃を、ちょっと強めに踏み込んだ高めのジャンプで避けて、カウントダウンを待つ。どうやら分身には惑わされなくなっていると察して、私は分身を消した。


 とつぜん現れた真っ青な光がキメラを取り囲み、殺到する――本体の存在しない斬撃だけが、さっと伸びた腕の防御をすり抜けて、細い体に命中した。ピアノ線がちぎれるような悲鳴を上げながら、キメラは横倒しになり、光の粒に変わっていった。


「やった……!! ちゃんと倒せた!」


 たぶんパーティー向け、それもちゃんと協力できている人たち向けのダンジョンだったけど、一人だけでクリアできた。ものすごくたくさんのアイテムが採れたから、お金もたくさん儲かるはずだ。何を買うかのメモを改めて開きながら、帰還用ゲートをくぐって、私はダンジョンを出た。

 サブタイトルをつけるにあたって、お酒はいっさい飲んでいないことをここに宣言しておきます(謎)

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