16 スポットライトは取り合うもの!
どうぞ。
カニが呼び出しすぎたのか、モンスターは弱い魚と小さいカニしかいなかった。ちょっとしたカードと分身した飾剣の攻撃で仕留めて、道の先にたどり着いてしまった。
「そういえば、カニは強くならなかったなぁ。ってことは」
もしかしたら、いつもよりカニに呼び出される数が増えていたとか、アワビも時間結界を最初から使ったりしないとかもある、かもしれない。なら、ボスはいったい何なのか。ちょっと気になったところで、視界がぜんぶ暗転した。
「わわっなに、なに!?」
ぱっと視界が開けると、円形の部屋を囲むように、楽器だけのオーケストラが配置されていた。リアルだったらいくらになるか分からない、真っ白い楽器がふいに鳴り出した。クラシック音楽はぜんぜん聴いていないけど、演奏が素晴らしいことだけは分かる。指揮棒が躍り、無人の音楽祭が開催されているかと思ったあたりで、静かな歌声が聞こえてきた。
「ラ――」
上空……じゃなくて、陽の光が見える海面の方からゆっくりと、人魚が降りてくる。下半身が青いウロコで覆われた、金髪の美女。すごく古典的なデザインだな、と思ってよく見てみると、爪は鋭かったり耳がヒレになっていたり、いろいろと不思議なところはある。いったい何をするんだろう、と身構えているけど、両腕を広げて楽しそうに歌うばかりで、何もしてこない。
ゆっくりと歩みを進めると、人魚があと二人泳いできた。真っ赤なウロコに青髪、紫のウロコに銀髪と、バリエーション豊かだ。欧風の美女にアジアンビューティー、もう一人はもはや言葉にもできないくらいの、彫刻のように整った美貌だった。
「「「ル――」」」
三人で歌い踊る人魚たちは、そして音を編み上げて、五線譜と音符で織った人形を作りだした。音楽に合わせて不可思議なステップを踏む人形は、その手に剣を握る。そして、さらりと振るった――軌道上の空気が切り裂かれ、オーケストラの楽譜がわずかに揺れる。どうやら、味方にだけ当たらない都合のいい攻撃みたいだ。
「ふっふっふ、挑みがいあるね? 私も〈道化師〉だから……エンターテイナー勝負、しよっか」
これまでのボールは敵を好き放題翻弄できていたけど、まとめて壊されてしまうと「セットが少なくなるほど攻撃力が増す」スキルも意味がない。ほかに攻撃を回避できそうな技があるのは、飾剣とハットだけだ。
飾剣を左右と肩でお手玉したり回したりしながら、出したカードをたくさん投げる。ほとんど移動せず、斬撃を飛ばす大技が来たときにだけ姿勢を下げたりスウェーバックしたりして、なんとか回避した。どうにか人魚に攻撃を当ててみようとカードを飛ばすけど、勢いが足りないのか、まったく届かずにふらふら落ちて消えてしまう。
「「「ラ――」」」
曲調も歌も穏やかに、けれど人形の動きは鋭くなっていく。ちゃんとした武道なんて、学校でちょっと柔道をやったくらいだから、ちっとも分からないけど……なんとなくの回避だけでも、ちょっとずつ身に付いてきた。
剣を振るう軌道が切り裂かれる――首元が風に吹かれたマフラーみたいにほどけて、ざあっと空中に躍り上がった。そして、きらめく音符がいっせいに襲いかかる。
「待ってたよー? 〈ゲー・ティア〉!」
カァッ、と開いた空間の裂け目に、とても受け止めきれない音符の嵐が飲み込まれていく。そしてもうひとつ、ハットの穴に虚無が開く。てきとうに掴み上げた素材や食材、宝石をたくさん入れて、ころころと転がった宇宙の色が開くのを見た。〈サー・プライズ〉は多数戦には向かないけど、やっぱり強い。
『やあやあ、サーだよ。美味しい捧げものをありがとう、ああいうのはいいね』
「じゃあ、やる気三倍でお願いね!」
『頼まれた。あとで食べる時間をとるから、次は料理も入れてくれるかい?』
「料理ね、覚えとくね」
生でも食べるんだなぁ、とちょっと感心しつつ、やっぱり人魚には攻撃できないらしいことを確かめる。敵ではなくて、ああいう感じの楽器なのかもしれない……そこまでは飛躍しすぎかもしれないけど、倒せないことはハッキリした。
サーが前衛として攻撃を受け止めている隙に、カードや小さめの魔法で支援して、ちょっとずつ削る。細くてきれいな剣を振るうたび、ものすごい範囲に衝撃波が飛ぶけど、そっちはただの線だからあまり怖くない。それ以上に恐ろしいのは、パーティーだったら全員が巻き込まれていただろう、音符の嵐を降らせる攻撃だ。
「サー、だいじょうぶ?」
『そろそろ帰る時間だねえ。ちなみに、私を呼び出すまでの時間は短縮できないよ』
「え、そうだっけ……」
『実はそうなんだ、時間原器の場所が違いすぎるからね。でも、ほかの時間は短縮できるだろう?』
剣と殴り合いながら、サーは微笑む。ヒントをもらって、私は思い出した。
「そっか、短縮できるんだよね……ってことは!」
『あっ、時間が来てしまったな。じゃ、いい報せを待っているよ』
影の悪魔はふわっと霧散して帰ってしまった。前衛がいなくなった瞬間、人形はこちらに斬撃を飛ばしてくる。さっとかわした私は、いつもの〈スクリーンフェイス〉を使う。ばっと分身した全員を切ろうとするけど、全員が同じように避けるから、どれが本物なのかわからなくなった様子だ。
技名にある「スクリーン」の言葉通り、この分身は見た目だけの幻だ。いくら攻撃してもまったく当たらないし、時間切れ以外で消すこともできない。けれど、この分身とのコンボを発揮できる技がたったひとつだけ――〈朧演刃賜〉がある。
「いないなら人いないでいいよー、私が増える。そしてー!」
兄がやっていたポーズを真似て、剣をとんと額に当てる。真っ青な光を帯びた剣を、ひじから先の動きだけで振り抜いた。〈熔充送戯〉、設定されたMPの二倍を消費するか、足りなければ威力が落ちるという、かなり特殊な技だ。
防ごうとした斬撃はかき消され、八人分の青い斬撃波がドドドドッと命中した。がくり、と膝をついた人形は、そして激しく光を放った。
スラッガーいいよね……