パンとごはんとポンコツ聖女
久しぶりの投稿です。
異世界の日常物です
「カケル〜。私のドレス知らない?」
トタトタという足音のあと、ガチャリとドアが開き、鈴が転がるような可憐な声が掛かる。
「うぁ〜!セレスティーナ様なんて格好を⁉」
振り返った僕の目に入ったのは、深い紺色の長い髪を翻して走りこんなできた美少女···何故か、下着姿の···
「え〜?ドレスに着替える前だから、こんな格好?」
コテンと首を傾け、何か問題でも?という顔でこちらを見ている。
サラサラの髪が流れ落ちるのをファサっと掻き上げながら。
「えっ、いや、あの···そこまで堂々とされると、なんだか驚いた僕が悪いような気が···って、そんな訳なくて、執事とは言え、下着姿で男性の前に現れちゃダメですよ!」
そもそも、この姿で廊下を走ってきちゃダメですと叱りながら、バスタオルを出して、身体に巻き付ける。
当の本人は、何のことか分からないって顔をして大人しくグルグル巻きにされている。
「それで、何をそんなに慌てていたのですか?マリーは一緒ではないのですか?」
「そう、そうよ、マリーが悪いのよ!アンドリュー様の誕生会の準備しないといけないのに、姿が見えないから、自分でドレスを着ようとしたら、ドレスが無くて!カケル、急がないと遅れるわ!」
思い出した!とばかりに、前のめりに早口でのたまう。
マリーとは、聖女であるセレスティーナ様の世話をしている侍女である。
僕は、その肩を掴んで、目を合わせながら、
「落ち着いて下さい。誕生会は昨日終わりました。セレスティーナ様も参加されて、美味しいワインと鳥のチーズ焼を沢山召し上がりになりましたよね?もしかして、飲み過ぎて記憶をなくされたのですか?」
「えっ?昨日?私、参加したかしら?」
また、コテンと首を傾げて、サラサラと髪が流れ落ちる。人差し指を頬に当てて当惑したセレスティーナ様は可愛いのだが···これは天然なんてものではなく、病気なのではないかと疑ってしまう。
「参加されましたよ。なのでドレスは、洗濯中でございます。セレスティーナ様、昨日の事をお忘れになるのはさすがに···」
「な、なによ!私が忘れてるんじゃなくて、カケルがおかしいんじゃな···」
頬をプクッと膨らませて睨みつけてくるセレスティーナ様のおでこに手を当て、解除の魔法をかける。
もう、18歳の大人なので、頬を膨らませても可愛いくないですよ。などと言いながら。
「あ!そうだ、昨日、飲みすぎたから、ケアの祈りを捧げたんだわ〜。そうそう、その時に、あの、嫌なオジサマ達の視線を忘れるように暗示の魔法も掛けたんだったわ!」
かけすぎたみたい〜。と、テヘっ!ペロっ!
あざと過ぎる···本人は全く狙ってないのだからたちが悪い。可愛い系の顔でやられると破壊力は凄いのだが。
免疫のない貴族の坊ちゃま達はこれにメロメロで、婚姻の申込みが後をたたない。
聖女というステータスに可愛い顔、堂々とした振る舞い(外面の良さは半端ない)と、ギャップの大きなあざとい仕草。
でも、ほんとの姿は、ただのポンコツな人なんだよな···
本人は、結婚?なにそれ?的な感じで相手にしてないが。
いや、もし、受けたとしても、貴族夫人として、セレスティーナ様が社交会を回す姿は全く見えてこない。たぶん、貴族家の家名なんて一つも覚えてないんじゃないかな。
「解除の魔法のせいで、お腹が空いてきました。カケル、ごはんの用意をなさい」
急にキリッとした顔になったと思ったら···
「承知いたしました。セレスティーナ様」
ハンバーグ?サンドイッチ?いや、クロワッサンサンド···そうよ、今、世界が求めてるのは、フレンチトーストよ!
などとブツブツ呟いているセレスティーナ様を自身の部屋へ連れ行き、聖女の室内着、白を基調として髪と同じ深い紺色の糸で聖印の刺繍がなされたワンピース、を出してマリーを呼ぶので少し待つよう伝える。
「甘いフレンチトーストとカフェ・オ・レ、あとは果物が良いわ!うん、それが良い」
一大決心を伝えるように、両手の拳を握りしめて上下にブンブンと振り回している。
はいはい、バスタオルが落ちるので大人しくしましょうね。と声をかけると、何故か、バスタオルを取り、投げ飛ばす···
「カケル、早く、服を着せなさい。フレンチトーストが私を待っていてよ!」
はいはい、両手を上げて、着替えのポーズを取ってもダメですよ。それはマリーの仕事ですから。
と、再度、セレスティーナ様をバスタオルで巻いて、部屋を出る。
ドアの向こうから、ケチ、とか言ってる声が聞こえるが無視する。
そもそも、フレンチトーストは僕が作るんだから、すぐに服着替えてもしょうがないのにね。
洗濯場を覗くと、ドレスを洗い終わったマリーが形を整えながら干すところだった。
「マリー、お疲れ様。セレスティーナ様が下着姿で部屋で待ってるから、着替えをお願いできるかな?僕は、食事の準備をするから」
「あっ、カケル。お疲れ様!セレスティーナ様は何で下着姿なの?」
誰でもそう思うよね···僕は、経緯を説明する。
「もう、セレスティーナ様らしいと言えばらしいけど···。それで、目を覚まされた時にいつも以上にボーっとしてらしたのね。事情は分かったはわ。あとは任せて、食事お願いね」
マリーはさっと洗濯物を干し終わると、洗濯道具を片付けて、歩き出す。
と、振り返って···
「カケル、朝から約得だったわね〜」
にこやかな笑顔で、ふふふと笑いながらそう言うと、タタタと掛けて行く。
目が笑ってないからマリー。
あれは、ほんとにたまたまだし、セレスティーナ様の下着姿なんて見慣れてるし、って、いや、整ったプロポーションに目は行くけども、いや、マリー、君の方が素敵だから!
後で弁解しなければ、と色々自己弁護しながら、厨房へ向かう。
気を取り直して、食事の準備しなきゃ。
フレンチトーストとカフェ・オ・レと果物って言ってたな〜。
僕は、戸棚(時間停止の魔法が掛かっている)から昨日焼いておいたパン・ド・ミを取り出し、3センチ程の厚みにカットする。
食パンよりもシンプルで、小麦の香りが強いので、フレンチトーストにしてもパンの香りが残って美味いのだ。あと、フレンチトーストは厚めのパンが良いよね!
卵液は、全卵とミルク、砂糖、はちみつ、ほんの一つまみの塩を混ぜる。
こっちのバターは無塩だからね。
網で2回ほど濾してダマをなくす。目指すのは、プリンの様な柔らかな食感だ。
卵液をバットに移して、カットしたパンを浸ける。
染み込ませてる間に、フルーツをカットする。
今日はイチゴとぶどうとオレンジ。
イチゴは、細かく切って、泡立てた生クリームとまぜ、イチゴ生クリームにする。
オレンジは薄皮も剥いて薄くカットし、ぶどうは半分にカットして種を取る。
この世界では、ぶどうは種ごと食べる習慣があるんだけど、僕は取る派だから、取ってたら、セレスティーナ様もマリーも取る派になった。
フルーツと生クリームを皿に盛り付けると、いったん冷蔵庫へ。
フライパンにバターを入れ溶かしていく。そこへ卵液を染み込ませたパンを入れ、蓋をして弱火で焼いていく。
横ではコーヒー用のお湯とミルクを温める。
コーヒー豆(実際はコーヒーもどき。食用の豆を深く煎ったもの。コーヒーよりコクが強い)を挽き、沸かしたお湯でドリップする。
フィルターはセレスティーナ様ドレスの切れ端だ。目が細かいので、濃い目のコーヒーが入る。
コーヒーは大きめのカップに入れ、温めたミルクを注いでいく。ミルクは膜が張らないような温度にする必要がある。
そうこうしていると、フレンチトーストの焼ける良い香りがしてくる。蓋を開け、強火にして両面にしっかりと焦げ目を付けたら完成。
半分に切り、皿に盛り付けると、粉砂糖を振り掛け、クローバーの形で型抜きをする。セレスティーナ様は4枚分。僕とマリーはそれぞれ2枚分。
これらをワゴンに乗せるとダイニングへ運ぶ。
ガチャリ。
とダイニングのドアを開けると、セレスティーナ様が既に席に着いていらっしゃった。
無事に服を着たようで、マリーによって髪も編み込まれたセレスティーナ様は、どこの淑女かと見紛うばかりのお姿···
「カケル、遅いですわよ!早く早く!」
だったのは一瞬だけ。
フレンチトーストのワゴンを見た瞬間にナイフとフォークを持ち上げ、臨戦態勢、もとい、食事の態勢に入る。
そんなセレスティーナ様に動じることなく、マリーがナプキンを付けていくのを横目に、配膳を行う。
「ふぁ〜良い香り♡甘くて香ばしいのは正義ね!いただくわね。ん···美味しい!」
一口食べて、飲み込むと、口の前に手を当てて、感嘆のため息をつく。
そこからは、一気だ。言葉を発することなく、フレンチトーストを切り、果物を乗せ、口へ運ぶ。またきり、ホイップを乗せて口へ運ぶ···
2枚分程をあっという間に平らげると、ようやく、顔を上げ、
「あら、あなた達、まだ、食べ始めてないの?早くお上がりなさい」
その顔には、ほっぺにクリームが付いている···
「セレスティーナ様。口の横にクリームが付いていますよ」
「あら、ほんと?こっちかしら?こっちかしら?」
舌を出して、クリームを舐めようとするが、さすがのセレスティーナ様の舌でもほっぺには届かないようだ。
見かねたマリーがそっと拭き取る。
「あら、ありがとう。マリー。でも、ほんとにフレンチトーストが冷めるわよ。カケルも、早く食べなさい」
「では、いただきましょう。カケル。」
「ああ、いただきます。」
一口食べると、バターの香りと小麦の香り、そこにはちみつと焦げた卵の香りが鼻に抜け、舌の上には、プリンのような甘くプルプルとしたパンの味が口いっぱいに広がり、そして、舌の上で溶けていく。
フレンチトーストを飲み込んだら、カフェ・オ・レで口をリセットする。
「ん〜、このイチゴホイップが絶妙ね。ほのかな酸味で。こんな料理、他じゃ食べられないもの。カケル、いつもありがとう。」
カフェ・オ・レの入ったカップを傾けながら、ポヤポヤとしたにこやかな顔でお礼の言葉を述べられるセレスティーナ様。
18歳の娘らしい愛らしい笑顔に、僕もマリーもほっとした気持ちになる。
一市井の娘として生を受け、両親を亡くすという苦難を越え、教会の孤児院で生活する中で、流行病の蔓延を食い止める奇跡を起こしたことで聖女認定を受けたセレスティーナ様。
御年9歳の時。
その後、大公様の後見を受け、淑女教育を受けながら、聖女としての資質を磨いてきた努力の人。
外面の良さは教育の賜であり、この居所で見せるポンコツ···天然な姿が本来のセレスティーナ様なんだと思う。
淑女教育の結果と天然が混じる姿も、僕達しか見れない姿と思うと、可愛いらしくてたまらなくなる。
まぁ、社交の場でも、たまに本性が出て、それが貴族の方々に刺さってるみたいだけど···
「ごちそう様でした。それじゃ、今日のお勤めに行こうかしら。マリー、準備をお願いします。」
すくっと立つと、ダイニングの出口へ向かうが···
「セレスティーナ様。ナプキンが付いたままです。」
「あら?えへへ」
笑って誤魔化すセレスティーナ様から、マリーがナプキンを外す。
「セレスティーナ様。お部屋でお待ちください。準備が整いましたら、お呼びにあがりますので」
「わかったわ。マリーお願いしますね。カケルも片付けが終わり次第、礼拝堂へお願いしますね」
「承知しました。」
颯爽とダイニングから出ていくセレスティーナ様を見送り、食器を片付ける。
朝食兼昼食が終わり、次は夕食だ。
何にしようか考えながら、食器を洗っていく。
午後からは、セシリア様とのお茶会があるから、軽い食事が良いかな···
セレスティーナ様に聞くと、おこちゃまメニューしかでてこないからな〜
良い白身魚があるから、野菜と一緒にカルパッチョにして、パンはちょっとリッチなブリオッシュにチーズとトマトを乗せて焼きますか
今日もセレスティーナ様の1日が始まる。
淑女に疲れたセレスティーナ様を癒す為にも、頑張りますか!
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「ねぇ、カケル。セレスティーナ様と私、どっちの下着姿が好き?」
目の前には、スレンダーなボディで仁王立ちするマリー。
セレスティーナ様の凹凸のあるボディとは比べ物に···
なんて、僕にはわかる、これは、マリーの勝負下着だ···朝の一言を思い出し、顔を引き締め、声を絞り出す。
「マリー、君の姿の方が美しいに決まってるよ」
「じゃ、私の好きなところ言って!」
「えっ···」
「答えに詰まったわね。やっぱりセレスティーナ様の事を···」
「いやいや、マリー。仕事してる君の姿が好きだよ」
「からの〜」
「からの⁉···えっと、その下着可愛いね。」
「それ、私じゃなくて、下着のことじゃない」
「えっ、いや、その···」
元日本人には辛い展開···
夫婦喧嘩は犬も喰わない。
僕は悪くないのに〜〜