3 はじめまして、親友の親友。
素元はカルビンになった。
僕は高級感のある黒い木材の机に座っていた。
ここの家のものは誰も高そうで、カルビンはうっかり壊してしまわないように、常に気をつけていた。
オキシアの両親は、僕の同居をかなり簡単に受け入れた。
両親は、この街でもかなり珍しい魔法の使い手らしく、それで稼いでいるらしい。
詳しくは覚えていないが、ガラス細工がなんちゃらかんちゃら言っていた。
この世界の魔法は、カルビンがみるに、実在する元素が関わっているようである。
両親はケイ素あたりの魔法を使うのだろう。
そしてぼくだが、自分は炭素に関わる魔法が使えるようだ。
偶然だが、名前も炭素を文字ったものである。
(しかし、なぜカーボンからカルビンになったのかはわからない。
正直オキシアの感性はどうかしている。
カルビンと言ったらカルビン・ベンソン回路のカルビンしか出てこないんだが…。
僕は光合成なんかしないぞ。)
そんなことを考えながらもカルビンは入学届けに自分の名前を書いた。
頭の中では、ものすごく文句を言っていながら。
カルビンは羽ペンで書類を仕上げた。
知らないはずの文字がスラスラと出てくるのは不思議だった。
カルビンは黒っぽい木の机の上で、慣れない羽ペンの滲んだインクのサインをしばらく見つめた。
(一体学校には、どんな人がいるのだろうか。)
カルビンは不安と期待の中にいた。
ある日のこと、入学までまだ一週間ほど(この世界に週という概念はおそらくないが)あるようなので、少し魔法の練習というものをした。
オキシアが先生になった。
『まず、私のを見ててよ。』
オキシアの広い庭の芝生のある比較的物の少ない場所で、オキシアは薪の破片らしき木材を金属トレイの上に乗せると、少し離れて、それから指でその木材を指した。
オキシアは無言でその木材を睨んでいる。
とたん、その木材は煙を上げ始めた。
しばらくは薄い煙をあげ、そのあとすぐにボッと音を立てて燃え始めた。
カルビンは見ていた。
『コレが一つ目ね。もう一つ面白いのがあるから。』
オキシアはそういうと、カルビンから離れた。
『あまり近づくと危ないからね。』
オキシアはそう言うと、空中を指でかき混ぜ始めた。
かき混ぜているところが、少しずつ白っぽく煙が出ているのがわかった。
少しすると、ただの煙でないことも、カルビンには分かった。
水蒸気の煙だ。
そうして二、三秒かき混ぜると、温度が下がってきているのが分かった。
5秒後には肌が痛いくらいの冷たい空気が流れてきた。
すると、オキシアはかき混ぜるのをやめ、かき混ぜていたところを掴むような動作をした。
そして手を開くと、淡青色の小さな球体が白い煙とともにあった。
ちょうどオキシアの髪と同じ色だった。
オキシアはその青い球体を高く投げると、指で刺し、一つ前の魔法の時のように睨みつけた。
ドカン。
その青い球体は一瞬で爆発した。
『あはは。驚いた?』
カルビンはポカンとしていた。
危なすぎる。
『コレね。面白いんだけどね。あのよくわからない球体を作るのに時間がかかるんだよね。そこが欠点。』
「でも、すごいと思います。」
カルビンはオキシアの後に言った。
カルビンは確信した。
オキシアは酸素だ。
偶然なのかわからないがオキシアの名前の由来は酸素だ。
その目の燃えるようなオレンジも、その髪の淡青色も全部酸素を象徴する色ではないか!
カルビンは輝く目でオキシアを見た。
『えへへっ。そんなにすごい…?嬉しいな。』
オキシアは斜め下を見ていた。
照れているようだ。
〈ピンポーン〉
呼び鈴らしきものがなった。
玄関前の鉄製の門がここからは小さく見えた。
オキシアは、玄関の方を見た。
カルビンもオキシアの向いている方向を見た。
誰か来たのか?
『こっちだよー!』
オキシアは元気よく呼びかけた。
すると、ドアの前に立っていたその人は、庭から聞こえるオキシアの声の方へ少し歩いた。
そして、オキシアを探しながら進み、こちらを見つけると走ってやって来た。
『オキシア!』
その黒髪の少女は叫びながらオキシアに飛びかかった。
まるで数年ぶりの再会の時のように。
その少女はややうなった髪の毛をしていた。
勢いよく揺れたその黒い髪の毛は、カルビンの黒一色のものとは違い、光に当たる角度が変わるたびに部分部分が虹色に輝いた。
まるで構造色だ。
カルビンがその少女を見つめていると。
その構造色の少女はカルビンを見るなり警戒した。
『オキシア、この人誰?』
少女はオキシアの後ろへまわった。
『カルビンだよ。今はお友達なの。ねえ警戒しないで、仲良くしようよ。』
オキシアがそう言うと、その少女は、オキシアの後ろからゆっくりこちらへ向かってきた。
『私、ヒドル。よろしく…。』
ヒドラは小柄だった。
オキシアよりは五センチくらい低い。
いや、オキシアがでかいのかもしれない。
『そうだ!今カルビンに魔法を教えてるところだったんだよ。ヒドルも手伝って!』
オキシアはそう言うとヒドルの両肩をガシッと掴んだ。
ヒドルは嫌そうな顔をしている。
『魔法を教えるって?コイツは義務教育を受けていないのか?』
ヒドルは半ば怒りを込めて言った。
もう半分は単純な驚きだ。
カルビンはヒドルを見て、苦笑いした。
「えへへ。ごめんなさい。記憶がないんです。」
やはり記憶喪失ということにしておこう。
おそらく誰にもバレないし、現状の辻褄合わせになる。
カルビンがそう言ったあと、オキシアはヒドルの正面にまわり、両手を握って言った。
『お願い!』
ヒドルは渋々同意した。
オキシアが言うに、この世界は人が一人でできる魔法と、複数人集まらないとできないものがあるらしい。
複数人必要な理由はまだ解明されてないらしく、そもそも例が少ないようだ。
さらに、数少ない例の中にも共通点とよべるものは、まだ発見されておらず、任意で起こせるものではないらしい。
複数人で魔法を使うこと、またはその魔法を化合と呼んでおり、オキシアとヒドルはコンパウンドの使える数少ない例の一つらしい。
『じゃあ、いくよ。』
オキシアがそう言うと。
ヒドルとオキシアは両手を合わせた。
すると、二人のあいだに水の球体が現れた。
水球はある程度の大きさになると滝のように、水をこぼし始めた。
オキシアとヒドルが手を離すと、水球は崩れ、ただの水となって落ちた。
『あはは、あまりやりすぎると、怒られちゃうかな。』
足元を見ながらオキシアは言った。
芝生が少し水で緩くなっている。
カルビンは関心していた。
ヒドルは水素なのだ。
今、炭素と水素と酸素が揃っている。
もしかしたらカルビンは最強になってしまったのかもしれない。
有機化合物は構成する元素の種類は少ないが、組み合わせ次第で、無限の可能性がある。
今、ここには、炭素、水素、酸素が揃っている。
組み合わせ次第で、油、砂糖、アルコールが作れる。
コレがどう言うことかわかるか?
素元は、一人オキシアの家から貰った部屋でそんなことを考えていた。