エピソード 98
「そんなっ・・・そんなのヒドいよ・・・なんでダメなの・・・?」
キトル、ショックです・・・。自分じゃ見えないけど、絶望の顔をしてると思う。
「キトル様、こればっかりは仕方ないっすよ」
「そうですね、キトルさまは別に悪くないんですけどねぇ」
ナイトとヘブンも味方になってくれない。
「ごめんね~キトルちゃんのお願いでも、流石に無理だもの~」
申し訳なさそうな顔をするエルヴァンさん。でも、その手には・・・
「一口っ・・・一口でいいから飲ませて下さいよっ・・・!」
ホカホカのかぐわしい香りを放つダークチェリー色のホットワイン。引き寄せられるようにエルヴァンさんに近付いて行く。
「飲酒できる年齢はうちの国が一番低いんだけど、流石に八歳は無理よォ~」
マグカップを湯気ごと上に持ち上げられてホットワインが遠ざかる。あぁ・・・せめて匂いだけでもぉ・・・。
村に入ってすぐ目に入った看板のお店に私が飛び込んで、皆は仕方なく付いてきただけなのに何故か私だけがホットワインにありつけないという悲劇。あぁ・・・もうこれはホットワインの悲劇として後世に残すべき歴史になるよ・・・。ホットワインの悲劇・・・ホット劇・・・。あんまり悲しくなさそう。
ちなみに私は看板に描かれた絵とお店から漂ってくる香りだけで、文字が読めなくても何の店か分かったのだ。執念だね。
「・・・もしよければ、店の者に加熱して酒精を飛ばしてもらったものを用意させましょうか?」
身体をエルヴァンさんに向けたまま首だけグルンと振り向いたもんだからビクッとされてしまった。
この人はエルヴァンさんにプリプリ怒ってた中年?のエルフさん。名前は、えっと、ネルガス・グランフェルさん?で、副王大臣という国王に次ぐ役職のお偉い人らしい。
最初にエルヴァンさんに怒ってた時もちゃんと護衛の人を連れてて、今はお店の外で待機させている。一人でウロウロしてたエルヴァンさんとは違ってちゃんとしてそうな人だわ。
「ぜひっ!ぜひお願いしますっつ!!」
「わ、わかりました」
とお店の人に注文しに行ってくれた。
「良かったっすね~キトル様」
と言いながら両手でマグカップを包んで口に運ぶナイト。見せつけるように飲みやがってぇ・・・
こっそりナイトのマグカップの中に胡椒の実を作って砕いてやろ。
「・・・ん?なんか変な味が・・・ぐえっ!何だこりゃ!辛い?!あっキトル様っすね?!」
「ふはははは!ざまあみろ~!ちゃんと全部飲まなきゃダメだからね!」
「えぇ~、なんてイタズラを・・・あれ?でもこれ意外とイケるな・・・」
あっ!しまった!スパイス入りのワインのレシピもあったんだった!逆に喜ばせてしまうとは・・・。
「キトルさまっ!わたくしのもっ!」「え?!じゃあアタシのにも入れて頂戴っ!」
「持ってきまし・・・何をしとるんですか?」
ネルガスさんがアルコールを飛ばしたホットワインを持ってきてくれた。
飲んだらすぐ出るつもりで立ち飲み用カウンターに居たんだけど、軽食にとスナックのような軽い食感のお菓子も持ってきてくれたから奥にあるテーブル席に移動する。
テーブルには手編みのテーブルクロス。これも北欧感があって可愛い~。
「はぁ~美味し~!お酒飲める歳になったらまた来なきゃだわ~」
「・・・キトル様、でしたかな。今代の使徒様はまだ幼いのですね」
ネルガスさんがじっと見ながら話しかけてきた。
「まぁこう見えてもじつは八歳になったんですけどねっ!」
と胸を張ってみせると「どこから見ても八歳っすよ」とナイトの呟きが聞こえたので足をグリグリと踏む。
「ネルガスさん?はセレナさんに会った事あるんですか?」
「えぇ、この方が従者として仕えておりましたし、ここフロストリアを訪れて頂いた際にもお会いしました。あの時のセレナさまは十五でしたな」
へぇ~エルフってやっぱり長生きなのねぇ。
「此度はうちの陛下が失礼いたしました。この村でも雪花樹が枯れている影響が強く出ておりまして、急ぎで対策を取ろうと陛下が先に出たのですが・・・まさか一人で国境まで行ってしまわれるとは」
ジロッとエルヴァンさんを睨むけど、当の本人は
「もォ~ネルガスったら、また眉間にシワよ〜?」
なんてニコニコしながら言ってる。強いな。
「対策ってどんなことするんですか?」
「そうですね・・・キトル様は魔力枯れと言うのはご存じで?」
「あ、はいさっきエルヴァンさんに教えてもらいました」
「そうよォ!先に手取り足取りイロイロ教えてあg」
「その魔力枯れの症状がこの村では強く出ていると報告がありましてな」
見事なスルー。王様をスルー。
「普通は寝込む程度なのですが、この村では目を覚まさないほど重症化する者も出てきておるそうで、魔力補充のために陛下と私が来たのです」
「魔力補充?」
「えぇ。魔力が多ければ多いほど役職が高くなりますので、この国で一番魔力が多いのが陛下で私は二番目ですな。魔力を補充すれば一時的にではありますが回復しますので、まぁ使徒様がいらっしゃるまでのその場しのぎですが」
「ちゃんと重傷者は回復させてから行ったわよ!何となくキトルちゃんが近くまで来てる気がしたんだもの~。これはお迎えに行かなきゃ!って思ったのよね~。乙女の勘かしら?」
「どちらかと言うと野生の勘でしょう。しかし、今日見て回った限りではまだ魔力が回復しとらんようですが・・・」
「魔力じゃないよ。果物のせいだよ」
突然、足元から子供の声。
ん?と皆で顔を見合わせる。
テーブルの下を覗き込むと、テーブルクロスに隠れた小さな女の子。耳が長いからこの子もエルフなんだろうけど、私より小さいし、三、四歳くらい?おかっぱの髪の毛がこれまた似合ってて可愛い。
「ルノがここにいるのは内緒だよ。ママ怒っちゃうから」
・・・え?妖精?膝を抱えて小さい身体をもっと小さくしてちょこんと座った妖精。薄暗いテーブルの下にいるのにキラキラして見えるんだが?
チラ、とエルヴァンさんを見ると叫び出しそうな顔をしてるが、ネルガスさんが口をふさいでるおかげで全員の耳は守られた。セーフ。
「ルノちゃん、果物のせいってどういう事?お姉ちゃんに教えてくれる?」
「ブハッ!お姉ちゃんって!ぐえっ」
吹き出したナイトには思いっきり肘鉄をくらわせる。なにさ、お姉ちゃんで間違いないでしょうよ。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「このおじさんの事は気にしなくていいよ~。それで、果物の事教えてくれる?」
「えっとね、今日の前の前の、もっともっと前の日に、持って来たの。それでね、お酒になるからルノはダメだよって言われたから、ルノは元気なの」
・・・?はて?通訳を頼むつもりでナイトを見るけど、ナイトの頭の上にもハテナが飛び回ってる。
「つまり、お酒の材料となる果物を売りに来た人がいて、それを食べた人の具合が悪くなってるけど、ルノさんは食べなかったから大丈夫という事かい?」
ネルガスさんが床に座り込んでルノちゃんに目線を合わせて聞く。
コクリ、とルノちゃんが頷くと同時に「ルノッ!」と大きな声が聞こえた。さっきノンアルホットワインを作ってくれたエルフのお姉さんだ。
「どこに行ったのかと思ったら、またこんなとこに・・・!」
慌ててテーブルの下からルノちゃんを引っ張り出すと、すぐに抱きかかえて頭を下げる。
「申し訳ありません、すぐ家の方に帰しますから・・・」と恐縮しきりのお姉さんの腕の中で「ママに見つかっちゃったあ」と笑顔なルノちゃん。
もしかしてこのエルフのお姉さんはママさんなのか?えらい若美人だな。
「もう・・・ルノミアーリィ?お客様が居る時は?」
「顔を見せない!ルノ、ちゃんと守ったよ?」
思わず吹き出しそうになる。確かに、隠れてたから見せちゃいないね。
「そういう事、じゃ、あ・・・」
「あ、危ないっ!」
ママエルフさんが喋っている途中でフラり、と倒れそうになる。
が、その背中をナイトがポスッと柔らかい音を立てて抱きかかえた。
「あら、ダメよォ?助けるならちゃんと二人とも助けなきゃ」
いつの間にかルノちゃんを片手で抱くのはエルヴァンさん。反対の手はママエルフさんの背中が倒れてきそうだった辺りに置かれている。
ひゅ~っ!二人共流石ぁ!かっこい~い!
「アンタが助けるの見えてたからですよ。ヘブンもいますし」
ん?ヘブン?下を見ると落下地点にはヘブンが先回りして寝そべってる。
「何言ってんの!ポッちゃん今ミニマムでしょうが!大事にしなさいよっ!」
「エルヴァンさんっ!わたくしは小さくても従者ですからねっ!強いんですよっ!」
あ~あ、またワチャワチャし始めた。ルノちゃんはルノちゃんできゃっきゃと喜んじゃってるし。
立ち上がったネルガスさんが大~きなため息をつく。あ、お説教が始まりそう。
うん、この状況を整理できるのは、ネルガスさんしかいないんじゃないのっ?!




