エピソード 96
「・・・キトル様から離れて頂けますか?」
ナイトが超ニラんでる。コワイ。
「別にいいじゃないの~。それにアタシあなたの先輩よォ?もっと敬いなさい?」
と返すのはエルヴァンさん。そしてその座った膝の上には私キトルちゃん。ここはつぼみシェルターの中で、外はまだ猛吹雪。
左手でがっちりホールドされて、右手はずっと頭をグリグリ撫で回されてる。
「エルヴァンさんっ!キトル様は緑の使徒様なんですよっ!そんなに撫でたらダメですっ!」
とヘブンが言うも、「だってこんなに可愛いんだもの!仕方ないじゃないっ!」と意に介してない。
「セレナさんは可愛くなかったんですか?手記を読んだ感じだと明るくて元気いっぱいの女の子って感じでしたけど・・・」
振り向いて見上げると、カッ!と目を見開かれてビクッとする。
「えぇっ!声もカワイイじゃないのっ!この子大丈夫っ?!誘拐されちゃわないっ?!」
・・・大丈夫なのかこの人。
「キトル様は俺らより強いんで大丈夫です。それより早く離しt」
「セレナちゃんはねぇ~可愛いんだけど生意気だし元気良すぎるし言う事聞かないし生意気でねぇ~」
生意気って二回言ったな。んでナイトの事わざと無視してるな?またナイトの目がジト~ッとしてるし。
「どの手記呼んだのかしらっ?何冊かあるんだけど、最初のやつ?」
「あ、はい。アルカニア王国の王城に保管されていた物を読ませていただきました」
「んま~!偉いのねぇ~!エルヴァンさんがイイコイイコしてあげちゃうっ!」
また頭グリグリされながら考える。
わ〜オネエルフさんってこんな感じなのかぁ・・・。
この人と陽キャのセレナさんが旅してたら、スキルなんて使わなくてもそこら中に花が咲きそうだな・・・。
「ドラヴェリオンのエルガちゃんからいつまで経ってもお返事来ないから、もうお迎えに行っちゃえ~って思って来たんだけどォ、こんなに小っちゃくてかわいい子が来るって知ってたら国境まで行って待ってれば良かったわ~!危ないものっ!」
「危なくねぇっての」とナイトが呟いてるけど、完全に聞こえてないふりしてる。
「お迎えに来てくれてたんですか?」また見上げて聞く。見た目だけはホントに高潔なエルフっぽいんだけどなぁ。
「そうよぉ!ドラヴェリオンから来るならこの道通るから、この辺で待ってればいいかな~って思ってたら埋まっちゃってぇ!もうビックリよねぇ!」
「はい、ビックリです」
うんうん頷いて見せると、きゃっきゃと明るく笑う。
いやぁ、この人嫌いじゃないな。ヘブンもニコニコしてるし。ナイトはブスくれてるけど。
あ、そうだ。
「この国の事全然知らないから教えてもらえませんか?他の国では色々生えたりしたのに、後ろに何も生えてないし、吹雪も酷いし、ずっとこんな感じだと進めないし・・・」
前に進むのに夢中で気が付かなかったけど、つぼみシェルターの中から見ても歩いてきた雪道には何も生えてない。多分。
「そうねぇ。雪が止むことはないだろうけど、この風ももう少ししたらちょっとは弱まるだろうし・・・それまで説明してあげてもいいんだけどォ~?どうしようかしらぁ~?」
そこ悩むとこ?あ、ナイトの方チラチラ見てる。
ナイトが心底嫌そうにはぁ~っと大きなため息をつくと「お願いします」と頭を下げた。
「えぇ~?そんなにお願いされたんじゃ~仕方ないわねぇ~!」
うわ~嬉しそうだなぁ。やっぱり同じ従者って立場だから思うところがあるのかな?
そのあと一時間ほどかけてエルヴァンさんが教えてくれたフロストリア王国についてのお話はこんな感じだった。
フロストリアには、国の面積のほとんどを占める割合で雪花樹、古いエルフの言葉ではリュアリエル・ヴィナレア(命の花を咲かせるもの)と言う名の木が生えていたらしい。生えていた、というのは今はもう枯れてしまっているから。
千年に一度植物が枯れる現象、千年枯れの影響で国中の木が枯れてしまった。百年前に一度セレナさんが復活させたものの、結局長続きせずまた枯れた土地に戻ってしまっているのだそう。やっぱり全部の国を回って、最後に山に登らなきゃダメって事なんだろうね。
その雪花樹は、地中深くに流れる アーリエル・リュアミール・アルカナエ(アルカスの授けた命の水)を汲み上げ、その力を雪の形をした小さな花に宿し、風に乗せて国中に飛ばすことでこの国に住むアイスエルフに魔力を与えてるんだとか。
で、今はその雪花樹が枯れて無くなってるから、多くのアイスエルフの人達は魔力枯渇っていう症状で寝込んじゃってるんだって。魔力枯渇って病気みたいな感じなのね・・・。
「アイスエルフは元々その体質に合うからってこの国に住むようになったんだけどォ、雪花樹のおかげで魔力を豊富に持って生まれる子供が増えるようになってぇ、そのせいで魔力に何もかも頼るようになっちゃったのよねぇ。だから魔力の多さや魔法能力の高さイコール身分の高さ、みたいな変な風潮も生まれちゃってさぁ。いい迷惑よね、全く!」
あ~そういえばこの人って実は王弟殿下だって手記に書いてあったっけ。オネエで偉い人なのね。オネ偉い人。
ちなみにこの猛吹雪も雪花樹が枯れた影響らしく、木々が減るにつれて吹雪の頻度も多くなってるらしい。まあ防風林とかがあるくらいだし、木々がないと風は強まるもんね。
「だから、キトルちゃんが来るのを皆待ち望んでたのよォ~。雪花樹の花が飛んでないともう全部ダメなの!うちの国ってば!」
手を顔の近くで振る、おばちゃんがよくやる「ちょっと奥さん!」的な仕草がやたら板についている。
「でも、なんでその木は私の後ろには生えて来てくれないんでしょう?力が足りないんですかね?」
「生えるわよォ~。ロープの内側には魔法をかけてあるから正確には道沿いになるんだけど。多分、そろそろ・・・あ、ほら、あっちの遠くの方。見えるかしら?」
エルヴァンさんが指さした方向に目を向ける。つぼみの壁の向こう、吹き荒れる雪の向こうをよ~く見ると、道に張られたロープの向こうの雪の上に小さな緑色が見える。
「あ、あれですかっ?!」
「そうそう!よく見えたわね~偉いわ~」
よしよしとまた頭を撫でられる。私の事何歳だと思ってるんだろ?こう見えて中身はアラサーだぞ?知らんだろうけど。
「アルカニアではモーリ草だったでしょ?草だとすぐ生えるんだけど、この国では雪花樹で木だからね。しかも雪も積もってるから、見えてくるまでにちょっとかかるのよ。大丈夫、あなたの使徒の力はちゃんとこの地でも有効よ」
うふん、とウインクされる。う~ん、綺麗な顔のウインクなのに中身が濃すぎてギャップがすごいな~。
もう一度雪の上の緑色に視線を戻すと、さっきよりも大きく、私の身長くらいになってる。
そのまま皆でしばらく眺めてみる。
最初に見つけた所だけじゃなく、道以外の場所にはどんどんニョキニョキ木が生えていく。・・・ちょっとこの光景は面白いな。
大きくなった木はどこかで見た事あるような・・・あ、あれだ。クリスマスツリーの木。
尖った綺麗な三角形をしていて、雪が舞う光景によく馴染んでいる。
そのとんがり帽子のような緑色に、小さな白い飾りが少しずつ添えられていく。まるで筆で書き足されていくようだ。
そして見事な雪化粧を施されたような木々が完成すると、一斉にその小さな花が風に乗って宙へと舞い上がった。
「ふわぁ・・・すごい・・・」
「もう大丈夫そうね。外に出てて見てごらんなさいな」
エルヴァンさんに促され、つぼみの花びらを開いて外に出る。
いつの間にか吹雪は止み、空には青空が広がっている。その青空を泳ぐように白く小さな花が舞い散っている。
「雪の形だ!」
肩に付いた小さな花を手に取って見てみると、雪の結晶の形をしている。すご~い!カワイイ!!
「こりゃ凄い光景っすね・・・」
ナイトが通ってきた道を振り返りながら言うと、エルヴァンさんが満足そうにふふん、と笑って数歩先に進み振り向いた。
「緑の使徒様と、そのお供ご一行様!ようこそフロストリア王国へ!我が国は皆さまを歓迎いたします!」
両手を広げると、うやうやしくお辞儀してみせる。
入国しょっぱなから元従者さんに会えるなんて、幸先良いんじゃないの~?!




