エピソード 94
「ドルコス様は、フロストリア王国へ向かった。俺が知ってるのはそこまでだ。定期的に連絡は取っていたが、今どこにいるのかは俺も知らない」
後ろ手に縛られ、人間の姿に戻ったフェンリルのリルが観念した様子で話す。
「あの方が俺を利用してるのは知っていた。だがそれをわかっていて、俺も世界を変えるという甘言に乗ったんだ。・・・直接法を変えてくれと訴えるのは、こんな簡単な事だったのにな」
はははっと自虐的に笑う。
ん~そうねぇ・・・。
「無理だって諦めるのも、楽な道を選ぶのも、悪い事やダメな事をやるのって簡単だから、ついついそっちに逃げちゃうんだよね」
つい、口から言葉が出ちゃった。リルが驚いた顔でこちらを見る。
「今度からは、大変でめんどくさそうで、でも絶対こっちが正しい!って言えるような行動を取ればいいんじゃない?キツネの彼女さん、待ってくれてるんでしょ?」
ポロ、と私を見る瞳から涙が零れる。きっと、後悔や罪悪感、強い反省の気持ちが涙になったんだろう。
「キ、キツネじゃなくてキツネ族だって・・・。でも、ありがとな。もう無理かもしれねえけど、頑張ってみるわ」
うんうん、まだ若いんだからやり直しは出来るはずだよ。
「し、しかし、キトル殿、この者は木々を切り倒し火をつけたのだ。その罪は非常に重く・・・」
エルガ君が許そうとした私の肩に手をかけたので、そのまま首を動かしてジイランさんに聞いてみる。
「この辺に民家とか畑は?あと、動物や人に被害は?」
「この辺りに集落はないはずですし、夜中なので人的被害はおそらくないかと。動物や畑、もしあれば建物の被害などの確認は夜が明けてからになりますのでまだわかりかねますが」
「うん、じゃあその分だけだね!」
「キ、キトル殿?」
両腕を左右に伸ばして目をつぶり、空から見た光景を思い浮かべる。
燃えてた範囲と、木々が切り落とされてた範囲。手に取るようにその光景が頭の中にリアルに浮かび上がる。すると、手に取るように木々や草花の根元には温かな力が残っているのが分かる。
まだ根っこは生きてるんだね。じゃあまだ大丈夫!
これならガーデリオンを助けた時ほどの力は要らなさそう。・・・うん、イケる!
目を閉じたまま、両手から温かな力の放出を想像する。その熱が、傷ついた植物と大地を癒していくイメージ。
切り落とされた木々はその断面から若葉が芽吹き、みるみるうちに伸びて枝となり、太い幹となる。
燃えた草の根が地上へと顔を出すと葉となり茎となり、天へと上り花を咲かせる。
黒く焦げた地面にはその灰を肥やしに若草が一斉に芽を出し、木々の間を縫うように一面を覆っていく。
・・・よしっ!
目を開けると月明かりに照らされた皆の顔が見える。その後ろには木々の影。うん、ちゃんと生えてるねっ!
「お疲れ様っす、キトル様」
「おつかれさまですっ!キトルさまっ!」
ナイトとヘブンがスッと私の前に来る。ナイトは片膝付いて、ザ・従者!って感じ。
あれ、ヘブンいつの間にかミニヘブンになってるじゃん。本当に長時間はまだ無理なんだね。
エルガ君とジイランさんの方に向きなおる。
「さて!これで罰は、もし動物とか畑とかの被害があったらその分と、あとは放火『未遂』の分だけだね!」
「・・・キトル殿、甘すぎないか?」
「うん、よく言われる!」とニカッと笑って見せると、エルガ君が呆れたような笑顔を見せた。
その横でリルは口を開けてポカンとしている。
すると、突然フェンリルの肉おじが目の前にすごい勢いでスライディング土下座をかましてきた。
何なに何なにっ?!・・・あ、よく見ると両手は反対の肩を持ちおでこを地面に付けてる。あの神官さんがやってた謎の土下座と同じポーズ。ねぇ、それオデコ擦りむけてない?
このおじさんはやっぱり神様の信者なんだね。あ、聖神国の神様の方。
「キトルさま!いえ、緑の使徒様っ!使徒様のご慈悲にどう感謝すればよいのかっ・・・。今回の件は自分の監督不行き届きです!自分も共に罰を受k」
「あ~いい、いいって!やりたい事やっただけだし、罰とかそういうのはエルガ君に任せた!」
「し、しかし・・・」
リルもハッと正気を取り戻し、慌てて肉おじの隣に並んで頭を下げる。こっちは手を縛られてるから頭だけ。
「使徒様、何て言っていいのかわからないですけど・・・俺、出来る限りの罪を償います。彼女を胸張って迎えに行けるように。あ、あとこの人は何も知らなかったんで罰は俺だけn」
「そっちはエルガ君たちに聞いてってば!あと、彼女さん、待っててくれるといいね」
「・・・!っは、はいっ!」
リル、また涙目。思い込みが強いだけで、悪い人じゃないんだろうね。
「さて、では行こうか、キトルよ」
頭の上から声が降ってきた。
ガーデリオンだ。
「送ってくれるの?」
「そうだな。国境までにはなるが、せっかく元の姿になったのだ。ひとっ飛びで連れて行ってやろう」
「えっ、えっ・・・?ま、まさかもう旅立つというのかっ?!」
エルガ君が、私とガーデリオンを交互に見て大きな声を出す。ジイランさんは察していたようで、目を伏せている。
「うん。私達がいる事で、今回みたいなトラブルがまた起きるかもしれないでしょ?じゃあもう先に進んだ方がいいと思う」
「し、しかし、その時はまたこうやって解決すれば・・・」
「それにね、この国は居心地がいいけど、ここに居たら私も前の使徒様と一緒になっちゃう」
エルガ君が、ハッと目を見開く。
そう、この国に来れなかった前の使徒様、セレナさん。
セレナさんは本人の意思に反して来れなかったのに、このまま私がここに居たんじゃ本当に緑の使徒が悪者になってしまう。
「私が来るのを待ってる人達や、困って苦しんでる人がいると思うんだ。だから、本当はもっと早く行ってあげなきゃいけなかった。ついつい長居しちゃって、ごめんね」
エルガ君がブンブンと頭を横に振る。
「僕がっ・・・僕が、キトル殿達ともっと一緒に居たかったからっ・・・わかってたんだ、ダメだって。でも、でもっ・・・」
も〜また泣いちゃってぇ。キラキラと月明かりを反射させた涙が、ダイヤモンドのようにエメラルドのウロコが浮かぶ頬を滑り落ちてゆく。
「エルガ君。私達、世界を救ったらまた大陸を一周か、二周か、三周か、え〜と、・・・まぁとにかくまた来るからさ!それまでに、この国をもっと豊かでいい国にしてくれる?そうしたら、今度はもっと長居しちゃうんだけどなぁ〜?」
おどけてみせると、下を向いた口から小さく泣き笑いの声が漏れた。そして手の甲でグイっと涙をぬぐうと、右手の握りこぶしを胸の前に置き、グッと顔を上げて前を向く。
「エルガ・リザルドはここに誓う。緑の使徒・キトル殿が、ふたたびこの国を訪れるその日までに・・・
このドラヴェリオン帝国を、より豊かに、誰もが等しく幸せに暮らせる国にしてみせよう!そのために、宰相として、竜王ガーデリオン様を立派に支えてみせる!」
胸を張ったその姿は、帝王教育が嫌だと逃げてきた少年の姿ではなく、もう立派な一国の宰相だ。
ふふふ。きっと次に会うときは一回りも二回りも大きくなってるんだろうね。また、楽しみが出来ちゃったな。
「なに、十年や二十年など一瞬だ。エルガには仕事が山ほどあるのだから、気付いたらまたキトルが来ていた、となってるかもしれんぞ」
と頭上から声がすると、
「ガーデリオン様にもお仕事を覚えてもらわねばなりませんからね!キトル様にまた会えるのと、どちらが早いか競争してみましょうか!」
とエルガ君が上を向いて叫ぶ。
「ぐぬぬ・・・余計な事を言ってしまったな・・・」
と小さくなった声が落ちて来て、皆の笑いを誘った。
ひと時の別れ、笑顔でさよならを言うための笑い声が月の柔らかな光に溶けていった。
「乗ったか?」
「うん、大丈夫!」
「ヘブンも抱いてるんで、大丈夫っす!」
「三人とも、お身体に気を付けてください」「キトル様、ヘブン様お元気で!」「ご迷惑をおかけしました!次は、彼女と一緒にご挨拶に伺いますっ!」
ガーデリオンの背に乗ると、足元の方でジイランさんやフェンリルの二人が大きく手を振る。
エルガ君は口をへの字に曲げて険しい顔をしている。あれは泣くのを堪えてるな・・・。
「ゆくぞ!」
ガーデリオンの羽が、大きく羽ばたく。
ふわっと宙に浮く感覚。
「キトルどのっ!」
エルガ君が目から涙を溢れさせながら叫んだ。が、グッとまた口をつぐみ、一呼吸おいて、開いた。
「次に会うときはっ・・・一人の男としてキトル様の前に堂々と立てるよう成長してみせるから!必ず、必ずやまた会おう!」
「うん!また、絶対来るからね!頑張ってね~!」
一気に身体が浮上する。
ジイランさんに抱えられるように泣くエルガ君の姿が、一瞬で小さくなる。
「・・・ホント、罪作りっすよねぇ~・・・」
「え~?なんて~っ?!」
ナイトが何かつぶやいたけど、空に昇って行く風で聞こえない。
「ふはは!お子様なのはエルガだけではなかったな!」
「ホントそうっすよ!」
とガーデリオンとよくわからない話で盛り上がるナイト。その腕では、火事を一人で消してウトウトするヘブンが抱かれている。
前を向くと、青々とした森の輪郭が少しずつ浮かび上がってきている。もう夜が明けるんだ。
よぉし、緑の国ドラヴェリオン帝国はクリアだぜ!
次はアイスエルフの国、救ってやろうじゃないのっ!




