エピソード 92
「あれは二日前、珍しく肌寒い日で、ちょうど自分が捜索中の各仲間の元に赴いた時です。自分の補佐をしている者がおりまして、そうですね、仮にフェンリルから名を取ってリルとでも呼びましょうか」
なんで仮なのよ。名前あるでしょ、名前が。
離れたところからずっと走ってきたらしいラグノス、肉おじにフルーツジュースっぽいのを飲ませて、詳しく話を聞き始めた。
「南部のある現場の確認をするためにそのリルを探していたんですが、そこにいるはずのリルが見当たらないんです。おかしいな~おかしいな~と思いながら、野営地の周辺を探し回っていたんです」
おい、この語り口調聞いた事があるぞ。
「すると、向こうの方からリルの声がするんですよ。こっちだ~・・・こっちだ~・・・って。で、長い草をこう、ガサガサッ、ガサガサッとかき分けて進んでいくんです。でも、声は聞こえるのにリルの姿が見えず・・・」
え、なんかホントに怖くなってきたんだけど・・・
「おかしいな~おかしいな~と思って草をかき分けて行くんですよ。ガサガサッガサガサッ、すると、こっちだ~と聞こえてきた声が途切れた瞬間に・・・」
ゴクッ・・・。
「木が!無いんですよ!そこにあったハズの!木々がっ!」
「きゃあ~~~~!」
「・・・キトル様どうしたんすか?」
いや一応ね?そういう空気だったじゃん?ってか肉おじ、怪談界のレジェンドおじさん中に入ってない?
「で、それがドルコスの指示だったのか?」
冷静なエルガ君。悲鳴上げた私が恥ずかしくなっちゃうわ。
「えぇ、リルが何か魔道具のような物に向かってドルコス様、とかエルガ様の指示と伝えた、と言っているのを聞きました。リルは補佐として皆への細かい連絡係を買ってくれていたので・・・。それで急いでこちらに戻ってきた次第です」
「ふむ、よく伝えてくれた。夜が明けたらすぐその現場にむk」
「すいません、ラグノスさんが嘘をついているという可能性は?」
エルガ君の言葉を遮り、ザク~ッ!と切り込むナイト探偵。そ、それを言っちゃあ・・・
「ほ、ホントですっ!嘘などつきませんっ!」
「でも証明は出来ませんよね?でしたらその指示を出してた人がラグノスさんだった、と言う可能性もありますよね?」
「そ・・・それはそうですが・・・!」
「もし実は裏で指示を出していたのがラグノスさんだった場合、罠という事になりますし」
「わ、罠なんてっ・・・!」
ナイトが肉おじを追い詰めていくと、ジイランさんが助け舟を出す。
「ですが、この者の言う事は筋が通っておりますよ。ナイト殿も伐採の指示が、と言っていたではありませんか。この者はその企みが先ほど暴かれた事など知らぬはずです」
「でもラグノスさんは元々エルガ様を目の敵にしてましたよね?」
「我々にわざわざ伝えに来た、と言うのは潔白の証明では?」
「エルガ様を敵視してたのに信じるんですか?」
「わたくしも前王様に救っていただき心根を直された身。人は改心することが出来るのですよ」
「でも実は、って事もありますよね?キトル様の身に危険が及ぶかもしれない事は看過できません」
・・・何かヒートアップしてきたな。
その様子を見ていたガーデリオンがす~っと私の横に来ると小声で尋ねた。
「のうキトルよ。よくわからぬのだが、何とかいう奴は何故木を切ったのだ?」
「ん~と、私を足止めするためじゃないかな?」
「何故木を切ると足止めになるのだ?」
「木を切る事って言うより、何かしらの作業をしてて安全じゃないから、まだ次の国には行けませんよ~ってしたかったんじゃない?まあついでに嫌がらせで木を切ったんだよ、多分」
知らんけど。私にゃ悪コスの考えなんてわかんないしね。
「そもそも、そのドルコスとかいう奴は何故キトルを足止めしたいのだ?キトルが来なければ世界が枯れてしまうではないか」
「前にあの黒づくめの忍者達が言ってたじゃん。ドルコスってのもあの神様の信者で、何かと邪魔してくんのよ。創造神ってのと敵対してる神様なんだってさ」
「む・・・?創造神と敵対?」
「そそそ。一回全部破壊されつくさなきゃ救われない~!って言ってるんだってさ」
「何という神なのだ?」
ガーデリオン、ちゃんと聞いてなかったな?
「えっとね、モル、モル・・・モルチバ・・・?」
「モルティヴァ神だぞ、キトル殿」
いつの間にか横にエルガ君が来てる。
ナイトとジイランさんはまだ言い争い中。でもお互い言葉遣いは丁寧だから、喧嘩と言うか討論?肉おじはその間でどうしたらいいのかわからず、アワアワしながら「じ、自分はアルカス神の信者ですからぁ・・・」って力なく言ってる。
「モルチ・・・?モルチとは、あの使徒の従者の事か?」
ん?従者?
「従者はナイトだよ。あとヘブン」
「ふわぁ~・・・キトル様、もう朝ですかぁ・・・?」
床に寝かされてたヘブンが呼ばれたと思ったのか、もぞもぞと起きた。
「いや、あのドワーフの使徒の従者だ。あやつの名がモルチだったはずだが」
「いえ、ですからモルティヴァ神です。竜王様」
エルガ君が重ねて訂正する。
「しかし、千年前にモルティヴァ神など聞いた事もないぞ?」
・・・ん?
「そうなの?」
「うむ。昔々は神の存在が身近だったからな。直接お会いした事はないが、神の御業は何度か目にしたものだ」
なんだそれ。それはそれで気になるぞ。
「ではモルティヴァ神は、最近誰かによって作られた神だと・・・?」
エルガ君が声を絞り出すように問いかける。千年って最近か?
「新しく神が生まれるというのを聞いた事はあるが、どうなのだろうな」
前世じゃ八百万くらい神様がいたから千年もあれば十人や百人増えてても珍しくないんだろうけど。
「でもさ、そのモルt」
「キトル様っ!どう思いますかっ!」「エルガ様!エルガ様は改心した民の方を信じますよねっ?!」
敬語のケンカに決着がつかないのかこっちの会話を邪魔してくる。
も~今大事そうな話してるのにっ!
「切られちゃったんなら私がまた生やしてあげるから」
「「そういう事じゃありませんっ!」」
息ピッタリじゃん。
どうしたいのよ、と途方に暮れていると、廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。
バァン!
扉が勢いよく開くと、鎧を着たウサギっぽい顔の男の子が二人、長い槍を持ったまま息を切らして走り込んで来た。
「エルガ様っ!・・・あ、ガーデリオン様もっ!大変ですっ!火が、森に火が・・・!」
全員で渡り廊下から外を見ると、空が薄っすらと赤くなり森の木々の輪郭が浮かび上がってる。
「おいら達、いつも通り見回りをしてたんです」「そうしたら、森が燃えてるのを見つけて・・・」「執務室に明かりが見えたんで慌ててお伝えに来たっす」
見た目からしてウサギ族っぽい二人組は他の兵士たちも起こしてきます、と言い残し走って行く。
「爺、あの火が上がっているのはどの辺だ?」
「北から北東エリアにかけてですな、あの辺に住むのは何族だったか・・・」
「・・・リルが木を切らせてたトコだ・・・」
肉おじがポツリとつぶやく。
「自分がエルガ様に伝えに来たのがきっとバレたんです!だから、このままじゃ捕まると思って・・・!」
肉おじが絶望の表情。でもとにかく火を消しに行かなきゃ。私も何か手伝って・・・
「よし!これは我らの特訓の成果の見せ所だな、ヘブンよ!」
突然ガーデリオンが渡り廊下の手すりに乗り、仁王立ちで叫んだ。今度は何を言い出したんだ?
「は、はいですっ!あ、でもいいんですか?」
「良い!我に考えがあるのだ」
なんとなく、ロクな事じゃない気がするんだけど・・・
くるりと後ろを振り向くと、一人一人を指差していく。と、ナイトと私の持ったカバンに目を付ける。
「うむ、ちゃんと用意をしておるのは感心だ。今日は数が多いから元の姿で行こう!さぁ皆の者、我の背に乗るのだ!」
と言うと渡り廊下の手すりから「とうっ!」と言いながら両手を上げて飛び降りる。
え、ここ何階だっけ?答えを思い出すよりも先に、目の前には輝く緑色のウロコ。
ドラゴンの姿に戻ったガーデリオンだ。
「さあ乗れ臣下たちよ!そして我が森を救いに行くぞ!」
・・・行くよ、そっちのが早いし、行くけどさぁ・・・。
私まで、勝手に臣下にされてるんじゃないのっ?!




