エピソード 91
「・・・キトル様・・・」
ん~もう何よ・・・
「キトル様・・・」
うるさいなぁ・・・
「キトル様、起きてください」
耳のそばで声が聞こえて飛び起きる。
真っ暗な部屋に、浮かび上がったナイトの顔。
「ぎゃ・・・むぐっ」
「し~っ!し~っ!」
ナイトの手が口をふさいでる。何っ?!
「静かにしてください、ちょっと付いて来て欲しいんで」
小声で言うから、こっちも思わず小声になる。
「え、何なのっ?!ってかいきなりすぐ横で声かけないでよ!ビックリするじゃん!」
「十五分以上前から起こしてましたよ」
あら?ホント?
そういえばナイトと喋るの久しぶりな気がする。
この間調べるって言って三日くらい。ウロウロしてるのを見かけるくらいで、いつも誰かと喋ってたのよね。
ナイトって、どこ行っても使用人の人とか飲み屋の人とか、色んな人とすぐ仲良くなるしな~。コミュ力高いの羨ましい。
「ヘブンも寝てるけど連れて来てます。場合によってはすぐこの国を出る事になるかと思うんで、カバンだけは持ってきてください」
と抱っこしたヘブンを見せ、そのまま廊下に出る。
えぇっ?!マジで?!何があったの?
慌てて着替えて時間を見ると、まだそんなに夜中でもない。一体どこに行くんだろ。
カバンを引っ掴んで廊下に出て、歩き出したナイトの後ろをそおっと付いて行くと、光が漏れてる部屋がある。
あ、ここって・・・最近お昼ご飯食べてる部屋、つまり執務室だ。
エルガ君に用事なの?ナイトが視線に気付いたのか、口に手を当てて「し~」の仕草。
何だろ、エルガ君に内緒なの?
中から聞こえてくるのは、エルガ君とジイランさん、それに・・・ガーデリオンの声?
「こら!泣くなと言ってるであろう!怒っているのではない、ただ何故かと聞いておるだけだ」
「だ、だって・・・」
エルガ君が涙声。あら、何かやらかしたの?
「申し訳ありません、竜王様。此度の事はわたくしにも責がございます」
「当たり前だ。言い出したのがエルガだとしても、貴様は止めねばならぬ立場であろう」
「申し開きもございません・・・しかし、エルガ様の気持ちを大事にしたい一心でありまして」
何の話してるの?ナイトを見るけど、部屋の中を伺ってて顔が見えない。
ふ~っとガーデリオンの大きなため息。と共に衝撃の言葉が聞こえてくる。
「何故、キトルを足止めしたのだ?お主もあのドルコスとかいうやつと同じという事か?」
・・・は?エルガ君が?足止め?
嘘をついてたって事?
悪コスと同じモル教の信者なの?
・・・裏切られてた?
頭からさ~っと血の気が引いて、指先が冷たくなる。そんな・・・
「ち、違いばすっ!僕をあんな奴と同じにしないべくだしゃいっ!」
あ、違うってさ。
は~~~~~~~~~~~良かったぁ・・・。まさかとは思ったけど、違って良かった。
大きなため息ついたからナイトがこっちをチラリと見たけど、またすぐに部屋の方へと向き直った。
でも、ガーデリオンはエルガ君が私の足止めをしたって確信した言い方だったよね。
足止めはしてたけど、違う理由があるって事?
「だ、だって、キトル様が行っちゃうじゃないでしゅか・・・」
涙声だし赤ちゃんみたいな喋り方になってるんだが。
「しぇっかく仲良くなれたのに、次の国に行ってしまったらもう二度と会えないかもしれないと思って・・・」
べそべそとエルガ君の泣く声。ガーデリオンさん無言。どんな顔してるんだろ。
エルガ君は私達と一緒に居て、そんなに楽しかったんだ・・・。嘘ついて足止めしてしまうほど。
こんなに楽しいのは初めてだ~!って笑ってたもんね。
小さい頃から帝王教育を受けてたらしいし、同じ目線で話せる友達が出来たのもきっと初めてだったんだろう。
そりゃ淋しいよね・・・。
でも、それはそれ、これはこれ。
嘘はダメだよ!
すっくと立ち上がり、ドアを思いっきり開ける。
「あっ!」ってナイトの声が聞こえたけど、もう遅いぜ!
バァン!!
「話は聞かせてもらったっ!」
ガーデリオンが口をあんぐり開けて、エルガ君とジイランさんは目を丸くしてる。
「エルガ君っ!大丈夫だよっ!離れても友達だし、絶対また戻って来るから!」
安心してね!と思いっきり気持ちを込めてこぶしを握る。
「ナイトもヘブンもちゃんと一緒に連れてくるし、またキャンプしたりしようね!」
「きゃ、きゃんぷ・・・」
「そう!またシチューとか作って、今度はジイランさんとガーデリオンも一緒にさ!」
「は、はぁ・・・」
あれ?まだビックリしてる?
背後ではガーデリオンとナイトが小声で話してる。
「おい・・・わざとか?エルガがまだハッキリと自覚してないというのに」
「いや止める間もなかっただけっすよ。でもエルガ様が自覚したらガーデリオン様そっちに付くからさせませんけど」
「当たり前だ!むしろなぜダメなのだ!本人たちの気持ちが一番だろう!」
あんまり聞こえないけど何の話してんの?
エルガ君はジワジワと状況を理解してきたのか、顔が真っ赤になってきた。ウロコの緑色すら隠してしまうほど真っ赤。
「・・・!!!い、い、いつから聞いていたのだっ!」
「えっと~、ガーデリオンが泣くなって言ってた辺り?」
「!!!!」
あら。くるっと後ろを向いて執務室の端っこにあるソファのクッションの中に顔を飛び込んじゃった。
泣いてるの見られたから恥ずかしいのかな?男の子だねぇ。でもブランなんて隠さずに泣きっぱなしよ?
ジイランさんがソファの周りでオロオロしてる。
「私達を慕ってくれたのは嬉しいよ。でもね、嘘はダメだよ。嘘つかれたりしたら、信頼関係が崩れちゃうんだから」
「・・・嘘はついてない」
のそり、とクッションの山から顔を出す。まだちょっと涙目なのがまた可愛いったらもう。
「でもさっき私達の事を足止めしてたって」
「それは親書を隠していた事についてだ。フロストリア王国に早くキトル殿を向かわせろと言われれば、我が国の立場では言う事を聞かねばならぬから・・・だから、皆には隠してたんだ」
目を合わせずにブツブツと喋ってる。ちょっと口を尖らせて、叱られた子供が言い訳してるみたい。
「だから、せめてラグノス達に任せた仕事が終わるまでと思ってて・・・でも、ホントに僕は嘘なんてついてないっ!」
ラグノス?誰だ?・・・あ、フェンリル族の肉おじか。安全が確保出来るまでってやつね。
「そっかそっか。でも、隠してたのも良くなかったよね。向こうにも困ってる人達がいるんだろうし、私が早く行かなくちゃこの国の印象も悪くなっちゃうよ?」
ぐっ・・・と言葉に詰まって、また少し目に涙が浮かぶ。
う~ん、あんまり強く怒れないなぁ。弟が居たらこんな感じなのかな~。
思わず頭をよしよし、と撫でると、我慢が出来なくなったのかブワッと目から涙がこぼれる。
「ほら、アレ異性としてみてないっすよ。まだ早いんですって。エルガ様がもうちょい成長してからじゃないと、本人たちの気持ちも何もないっすよ」
「ぐぬぅ・・・」
背後でまたボソボソと喋ってやがる。
振り向いて、ナイトとガーデリオンをジロリと睨む。
「二人で何こそこそ喋ってんの?」
「い、いえ、エルガ様が悪意のある人じゃなくて良かったな~って話っすよ」
両手をブンブン振るナイト。ガーデリオンはわざとらしく明後日の方向を向いてる。
「なにさ、夜中に起こしてこのまま出るかも~って脅かしたくせに、大した事じゃなかったじゃん」
「いやだってあの時点ではまだエルガ様がなんであんな指示を出してるのかもわからなかったんで、ホントにモルティヴァ信者の可能性も考えてたんすよ!」
え、そうなの?じゃあホントに悪者だったかもって思ってたのね。
「・・・待て、ナイト殿。指示とは何の事だ?」
背後にいるエルガ君の声色が変わる。
「え?フェンリル族に、フロストリア王国までの道の周りの木を伐採して道の整備をするように指示を出したって・・・」
「してないぞ・・・」
「え?」
振り向くと、エルガ君の金の目が煌々と燃えている。
「余はそんな指示していないっ!竜王様とキトル殿が守った森を伐採するなど、絶対にさせぬぞ!誰だっ!そのような事をしたのはっ!」
エルガ君から強い風が吹いたように一歩後ずさりしてしまった。は、迫力がすごい・・・。
「爺!」
「はっ!」
「余の名を騙り、竜王様が守り神の使徒が蘇らせた木々を貶めた不届き物を探し出せっ!必ずや見つけ出し、その首を刎ねt」
バァンッ!
勢いよく執務室のドアが開く。
うわっ!何っ?!次は何っ?!
中に転がり込むように現れたのは・・・フェンリルの肉おじ?
「エルガ様っ!ふぇ、フェンリル族の中にドルコスと連絡を取っている者がっ・・・!」
言いながら前のめりに倒れこむ。
う~む、何だか・・・ややこしい事になってきたんじゃないのぉっ?!




