エピソード 90
「でね、ナイトもヘブンも朝から日が暮れるまでず~っとガーデリオンと修行してるの!その間私放置されてんの!酷くない?」
クスクスと嬉しそうな笑い声が耳をくすぐる。
「そうだね、キトルも構ってほしいよね」
「別に構って欲しいとかじゃないけどさぁ~暇なんだよね~。あ、そういえば兄さんはもう学校に通ってるんだよね?」
ただいま借りてる自室でブランとお話し中。
今はフェンリル族の捜索隊が悪コスを見つけるか、次の国までの道のりでモル教の信者を洗い出して安全性が確認出来るまでお城で待機している状況。
って言ってももう一週間たってるんだけどね。もしかしてまだ一週間なのかしら。
ナイトもヘブンも守護隊の訓練場で毎日ガーデリオンに鍛えてもらっているから、とにもかくにも私は暇なのだ。最初はダラダラ出来る~!って浮かれもしたけど、一週間も続くと飽きちゃった。
エルガ君に誘われてお昼は一緒に食べたりしてるけど、執務室に居てもお仕事の邪魔になるだけだし。
で、毎日おやつタイムはブランとお話しして構ってもらってる。
のんびりダラダラするのにも才能がいるって前世で聞いた事あったけど、ありゃホントだわ・・・。
「うん、家庭教師の先生にもお墨付きを貰ったからね。ユリウス、あ、第二王子様ね、ユリウスも覚えるのが早いって褒めてくれるんだ。もし優秀な成績を残せれば、お城で官職に就けるかもしれないから、僕レオンおじいちゃんを補佐するような仕事が出来たらいいなって思ってるんだよね」
あら~それはレオンおじいちゃん喜びそうねぇ。泣きまくって涙の池が出来上がりそう。
「学校楽しい?嫌な目に遭ったりしてない?」
貴族のお子様たちが通うような学校だし、平民のブランが言ってたらイジメとかありそうよね。テンプレだと。
「ううん、ユリウスが同じ授業でいつも一緒に居るし、お昼はパール様も一緒だし、放課後は今日もレオンおじいちゃんがお城抜け出して迎えに来てくれたし・・・」
何してんだ宰相。仕事しろ。
「あ、でも」
んっ?!テンプレかっ?!
「どうしたの?嫌なやつがいる?」
「ううん、そういうのじゃなくて、キトルを紹介して欲しいって人が何人かいるんだよね。貴族の男の子なんだけど」
わ~お、私ってば会った事もない子達にモテてるの?でもこれはアレだな、目当ては私じゃなく使徒様との繋がりが目当てだね。
「もちろん今アルカニアに居ない事は知ってるから、帰ってきたらって話なんだけど、どうしたらいいのかな?」
う~ん、ブラン優しいから断れないんだろうなぁ。相手の子達も悪気があるわけじゃないんだろうし、余計にね。
「そうだね・・・真面目で働き者で謙虚な人が好きだから、帰った時にそんな人になってたら会いますって言っといて!」
「キトルはそういう人が好きなの?」
あら、ブランの声色がちょっと不満げ?お兄ちゃんのヤキモチかしら?
「そういう人なら周りが放っておかないから、会わなくて済むでしょ?」
「あ~なるほど・・・キトルは頭いいね・・・」
そりゃあ中身はアラサーだもの。ん?キトルの分も合わせたらアラフォー?・・・いや、そこは別よね、別。
「も~兄さんは青春してるからいいけどさぁ~。私超暇だよぅ。別にちょっとくらい危なくても気にしないのに」
「ダメだよ!せっかく見回ってもらってるんだから、ちゃんと確認してもらわないと!キトルが無事じゃないと他の国の人たちも困るんだからね?」
って言うと思ったぁ~。ブランってばお兄ちゃんなんだから~。
「でも何もやる事ないしさ~」
「じゃあ、王様に許可貰ってドラヴェリオンの人達の希望する植物を作ってあげたら?その国って色んな動物の獣人がいるって勉強したんだけど、食事の好みも様々なんでしょ?キトルが行くんじゃなくて来てもらうなら安心じゃだし」
あ~・・・なるほど?面白い事思いつくね。
確かに肉食の動物と草食の動物の獣人が同じ食事を好むとは思えないわ。
「そっか、それいいね!あ、種とか苗の状態なら持って帰りやすいしいいかも!」
「うんうん、それにキトルがフラフラしないなら僕も安心だし!」
ん?ブランは私の事フラフラした妹だと思ってるのか?
「よし、まだ明るいし、エルガ君に聞きに行ってみる!兄さん、またね!」
「あっ、そのエルガ君ってどんな人な」
あ、何か言いかけてたけど切っちゃった。まぁいいか!暇つぶしに人助けなんて、私ってば神の使いらしくなってきたな~!
「ダメだ」
エルガ君に一刀両断。
エルガ君の執務室。最近入った文官のリス系獣人と鳥系獣人が部屋を出たり入ったりしてる。
エルガ君の方は助っ人が来て前よりは楽になったのか、机の上の富士山のようだった書類の山も半分以下になってる。
ちょうど新人さん達が居なくなったタイミングで、獣人さん達の好みの食材づくりの話を振ってみたんだけど・・・。
「え~っ!なんでダメなのっ?!」
「警備体制を厳重にするとしても、そこにモルティヴァ信者が紛れ込まないとは限らないだろう?万が一キトル殿の身に何かあれば民に顔向けが出来ないからな。それに次に向かうフロストリア王国からも早くキトル殿を向かわせろと何度も親書が来ているし・・・いや、とにかく、暇ならばここに居ればいいだろう。手伝って欲しい仕事もたくさんあるぞ?」
「いや、お仕事はいい。文字読めないし」と、にべもなくお断りする。
フロストリアって、前の使徒、セレナさんの従者のアイスエルフの出身国だよね。
「キトル殿には英気を養ってもらいつつ、無事に旅路に着いて欲しいのだ。待ってはくれぬか?」
う~ん、その顔には弱い・・・弱いけど・・・。
「だって暇なんだもん・・・」
このままじゃ背中に根っこ生えてベッドから動けなくなちゃうよ。
「それに、兄さんが言ってたんだけど獣人ってみんな先祖がバラバラだから食べる物の好みも違うんでしょ?困ってる人を助けたいな~なんて・・・」
じ~っと見つめてくるエルガ君。ううっ。何て綺麗な目の色してるんだ。
すると後ろに居たジイランさんがエルガ君に何か耳打ちする。
何言ってるんだろ。
エルガ君が小さなため息と共に口を開いた。
「ガーデリオン様達に闘技場の方で訓練を行っていただけるように手配するから、その横でなら許可を出そう。もちろん警備員も手配する。ただ、万が一何かあったら即刻中止で」
「はあ~いっ!」
いや~・・・思ってたんと違うとはこの事か・・・。
次の日さっそく芝生の上でダラダラしながら訪れた人達の希望する植物の種を作っている。
たまたまそこに来た人に声かけて作ってあげてるだけだからのんびりやってるんだけど、来た人達の希望する物が、何というか・・・嗜好品?
「わたくし馬獣人なんですけどっ、大ばあ様の大ばあ様の大ばあ様がニンジンという非常に美味な食べ物を使徒様から頂いたと聞いたらしく、一度食してみたいと思っておりましたの。作っていただけますかしら?」
となかなかの面長マダムにお願いされる。
「手を出してもらえますか?」
で、手の平にパラパラとニンジンの種を出してあげる。
へ~ニンジンの種ってこんなのなんだ。小さい小麦みたいね。
「まぁ!ありがとうございますっ!さっそく帰って植えてみますわ!」
喜んでくれたねぇ。うん、それはいいんだけどさぁ。
「これってもしかして、皆それほど困ってない系?」
休憩で横に座り込んだ汗だくのナイトに聞いてみた。警備してくれてる人にも手を振って休憩の合図をする。
「ふ~・・・へい、多分そうっすね。まあ話聞いた時からそうだろうと思ってましたけど」
「え?!なんで?!」
「や、だって獣人って、もはや獣の能力があるだけの人間っすよ。大昔は違ったんでしょうけど・・・それにこの間まで味のしない透明の野菜食ってたんすから、味があるだけで喜んで食べてると思いますよ」
え~っ?!そうなの?!
「わかってたなら言ってよ~・・・ハッ!もしかしてエルガ君たちもわかってた?!」
「でしょうね~。キトル様が余計な事しないようにしたんでしょう」
余計な事とはなんだ余計な事とは。
「だってさ~、暇なんだもん。エルガ君は安全になるまで行くなって言うし、ナイト達はずっと訓練してるしさぁ。この国も救い終わって次の国から早く来てって何度も言われてるのに、何で行っちゃダメなのさ~」
「・・・なんて言いました?」
「え?だから~、暇だk」
「最後のやつっす。フロストリアから何か言われてるって」
「あぁ、何かしんしょ?で早く来てくれって言われてるらしくて」
・・・お、アゴに手をやってる。探偵ナイト久々だね。何か引っかかったの?
「フロストリアから親書が来たらすぐにキトル様に伝えてそのお返事を伝えるはずなんですよ。アイスエルフがその体質からドラヴェリオンに攻めてくることがないとは言え、国力は圧倒的に向こうの方が上です。魔道具や加工品などは輸入に頼ってますし。まあこれは今後ガーデリオン様が復活した事で変わるかもしれませんが、国としての立場は向こうが上です。なのに、信書が来た事すらすぐに伝えてないなんてちょっとおかしいな、と」
ふうん、そう言われると変な気もしてくるけど、よくわかんね。
「そういえばフェンリル族がフロストリアまでの道の安全性を確認って言ってましたけど、それもちょっと遅すぎる気がするんすよね・・・。なんか変だな。俺、ちょっと調べてみます」
と言うが早いか、ガーデリオンに一言声をかけてすぐに姿が見えなくなる。
う~む、従者があれやこれやと動いてるのに、私ってばダラけすぎなんじゃないの~?




