エピソード 73
あ~あ。昨日調子乗って『このまま平和に~』なんて変なフラグ立てるんじゃなかった。
お腹いっぱいになったから、フカフカの草ベッドで四人・・・三人と一匹?獣人は匹?
とりあえず皆で寝て、次の日の朝。朝って言うか多分日が昇ったくらいの早朝。
ナイトに静かに起こされ、目をこすりながら顔をテントの外に出してビックリ。
知らない人たちに包囲されている。
「貴様、何者だ?!」
一歩前に出て大声を出したゴツいオジサンの手には大きな鉈のような剣。獣人なのに剣使うのか~とまだ寝ぼけた頭で考える。
う~む、どういう状況?
一旦顔を引っ込めると「あっ!こら!出てこい!」と外で叫んでる声が聞こえる。
「キトル様、どうします?」
ナイトはもう体勢を整えて剣を抜いている。
「これ、どこの寝起きドッキリ?」
「どっき・・・?」
ハテナマークを頭の上に付けたナイトは放置して、スヤスヤ夢の中にいるヘブンとエルガ君を起こそうとすると・・・
「貴様らがエルガ様を拉致した事はわかっている!降伏するのならば、命までは取りはせん!大人しく出て来い!」
テントの中にまでビリビリと響く大声。うるさっ。
エルガ様って言ってるし、エルガ君を探しに来た人達だな、こりゃ。
「あれは我がリザルドの守護隊だ・・・あやつらが全員でかかってきたら、余でも倒せぬほどの精鋭達だ」
大声で起こされたエルガ君が小さく震えている。
「いつも稽古を付けてもらっているのだが、リザルドの能力を封じられた状態だからやられっぱなしなのだ・・・」
あ~・・・まぁそういうのも必要なんだろうけどねぇ。震えるほどの稽古はちょっと可哀相。
「一応聞くけどさ、あの人達と一緒に戻る?それとも、私たちがこの国を離れるまでの間だけだけど、一緒について来る?」
流石に一国の王様をずっと連れて行く事は出来ないからね。
行くとしても今だけ、期間限定。そのくらいなら・・・
黄金色の瞳に、キッと強い意志を込めて顔をあげた。
「一緒に行く!連れて行ってくれ!余に必要なものは、城の中にはないっ!」
「よっしゃ、決まりっすね」
ナイトが嬉しそうに張り切り出した。昨日一日でエルガ君の事気に入ってたもんね。
ナイトって兄貴肌だし、ケトといいブランといい、弟タイプに弱いと見たぞ。
「ワタクシも構いませんよ!キトル様にナイトさん、エルガさんまでなら乗せてどこまででも走れます!」
いつの間にか起きてたヘブン(小)もブンブン尻尾振ってる。
「オッケー!でもヘブン、今日は乗せなくてもいいよ!」
ふふん、張り切ってるのは二人だけではないのだ!
せっかくスキルアップしたのに、草逆バンジーにしか使ってないんだもん。
美少年の新メンバーに、お姉さんが頼れるところ見せてあげよう!
まずは、草テントに小さなのぞき穴を開けて外の人達の様子を見る。
う~ん、今にも飛び掛かってきそう。ギラギラしてるなぁ。中に子供がいるのわかってるのに、なんでそんなに殺気立ってるんだか。いやぁねぇ。
草テントの天井をパカリと開け、空が見える状態にする。
「んなっなんだっ!どうなってるっ?!おい、油断するなっ!」
さっきのゴツおじの声がする。あの人が司令官?みたいだね。
草テントの中心に、大人が三人は乗れそうな大きな蓮の葉っぱを一つ。その葉から十センチほど浮かせて、茎から円を描くように左にちょっとズラした葉を空中にもう一つ。同じく十センチほど上に・・・空中にらせん階段を作って行く。
それを登ってテントの上にピョコリと顔を出し、周囲を見渡してみる。
一、二、三、四・・・え、多くない?王様を連れ戻しに来たんだしこんなもん?
まぁいいや。
両手を左右に出しクルリと回って、守護隊?の人たちに絡むように草を巻きつけて~
「フンっ!」ブチブチッ!
ゴツおじが力を入れて、巻きつけた草を・・・引きちぎった。マジか。
「貴様、緑の使徒か!我らを見捨てたくせに、今さら何の用だ!」
「それ私じゃないっての!それに前の使徒様も見捨ててないもんね~だ!」
べ~っと舌を出すと、怒ったのかゴツおじが顔を真っ赤にして、段々と人から爬虫類ぽい顔へと変化していく。
「な・・・生意気なっ・・・!言い訳など必要ない!我らの王を返してもらお・・・お・・・?」
ふっふ~ん。今頃気が付いたか!
引きちぎった草から、ネバ~っと粘液が出て糸を引いている。
「何だこれはぁ!!」
「ネバネバ草!取ろうとすればするほどネバネバが絡みつき、動けないネバネバがめっちゃネバネバするネバネバした草なのだ!」
「何言ってんすか?」
私の横にナイトも顔を出す。
他の人達もゴツおじの真似をして草を引きちぎってたもんだから、ネバネバが増殖して動くに動けなくなってる。
「こ、これを取らぬかぁ!」
「や~だねっ!」べ~っと舌を出すと、怒ったゴツおじが完全にトカゲ顔になる。
そのまま蓮の葉のらせん階段を作り、テントから出てどんどん空中へと昇って行く。
「このまま空中を行くなら、ワタクシはこのサイズの方がいいですねっ!」
ヘブンもピョコンとテントから顔を出して軽やかに蓮の葉を踏んでいく。と・・・
「見つけたぞぉ~!」
離れたところから叫び声。
凄い速さで走ってきたのは格闘技集団・・・じゃなくこの前のフェンリル獣人の肉おじ達。
「フハハハハ!我らフェンリルの鼻から逃げられると思っ・・・?」
私たちの状況を見て、頭の上に沢山ハテナマークを飛ばしてる。
しばらく全員の動きが止まる・・・これ何の時間?
「はっ!お前らはリザルド共!!我らの守護神、ブラックフェンリル様を捕らえに来たのか?!」
「ワタクシは守護神じゃありませんっ!」
すかさずツッコむヘブン。うんうん、ヘブンも上手にツッコミが出来るようになったねぇ。
「むむっ!アイツはフェンリルかっ?緑の使徒め、エルガ様を拉致するだけでは飽き足らず、フェンリル族などに肩入れするとはっ!」
「しとらんわ」
ダメだ、静かにツッコんでも誰も聞いちゃいねぇ。
さらにエルガくんがおそるおそる蓮の階段を上ってテントの上に顔を出すと
「エルガさま!ご無事ですかっ?!」
「あれは先祖返り・・・!我らが宿敵かぁ~!」
とゴツおじも肉おじもうるさいったら、もう。ギャーギャーとカオス状態。
フェンリルの筋肉道着集団が動けない守護隊とテントに向かって飛び掛かってこようとしたから、とりあえずネバネバ草を巻きつけてみる。
「ふん!こんなもの・・・うおっ!なんだこれはぁ~!!」
・・・フェンリル族の人たちは脳筋なのかな?ムキムキだし。
見事に全員ネバネバまみれになってる。
「守護隊よ!」
全身がテントの上に出たエルガ君が片手を前に出し、声を上げた。
「余は緑の使徒殿と共に行き、帝王として真実を見極めて来よう!もし我が国に害を加えようというのならこの身をもって止めて見せる!だが国を救おうというのなら、その神の御業をしかとこの目で確かめるつもりだ!案ずるな、余の心は常に皆と共にある!」
・・・さすが。曲がりなりにも帝王なだけあるねぇ。かぁっこい~!ちょっと手が震えてるのもご愛敬だね!
エルガ君が話し始めると同時に守護隊もフェンリル族も大人しくなったもん。こういうのをカリスマっていうのかな?
「し、しかし、エルガ様・・・」
「くどい!」
まだ文句言おうとしたゴツおじを一喝する。ヒュ~!子供でもこんなに美形だと迫力ぅ~!
フェンリル族の肉おじ達も、エルガ君の迫力に押されたのか下を向いてしまっている。
「守護隊よ。ジイランやドルコスに、心配はいらぬと伝えてくれ」
「・・・王よ。おそらくドルコス殿は追っ手を差し向けると思われますぞ」
さっきまでエルガ様って言ってたのに、ゴツおじ空気読めるタイプだな。
「・・・わかっておる。さ、キトル殿、まいりましょう」
「お、もういい?じゃあ行こっか!」
と思ったけどその前に・・・。
もう一度両手を出して全員の方にぐるりと回すと、守護隊やフェンリル族の首に首輪のように草が巻きつく。
「そのネバネバが取れたらどうせまた喧嘩するんでしょ?だから、もし誰かを傷つけたりしようとしたら、その首輪からずっとネバネバ出るようにしといたよ!超強めに作って私しか取れないようにしたし、戻ってくるまで喧嘩しちゃダメだからね?」
に~っこり笑って、べ~っと舌を出す。
「なっ・・・なっ・・・」
ふふん。言葉にならないくらい悔しかろう。
「ぷっ・・・あっはっはっは!流石キトル殿だ!」
お笑いするエルガくんと、ドヤ顔の従者二人。
さぁ、まずは空中散歩で出発しようじゃないの!




