エピソード 37
小さく息を吸って、吐く。
そして、ゆっくり目を閉じた。
手記に書いてあった、セレナさんの言葉を思い出す。
『岩を触ったまま思いっきり力を出すと、その国全体が芽吹くって!』
力を出す、かぁ~・・・前にやった森を作るような感じでいいんだよね、多分。
よし、こういうのは、大体イメージが大事なのよね。
今の状態から、どこが、どんなふうになって欲しいのか。
頭の中に、今まで会ってきた人たちやこの国の様子を思い描く。
父親と母親はどうでもいいとして・・・
食べ物がないからって、自分のご飯もワタシにくれていた痩せたブラン。
生まれ育った家の周りの、草も生えないほど固くなった土。
干上がった森までの道。
若い人たちの食料を減らさないように、一人死のうとしたおばあちゃん。
ナイトに出会った、葉っぱがわずかに残るだけ枯れた森。
ヘブンが待ってた集落やそのお隣の村の、萎びた野菜しかない畑。
代官と伯爵は・・・まぁいいや。
ケトの家の、草も生えない畑。
そして、飢え、やせ細り、生気のないみんなの顔。
果物を作ったら、これでまだ生きられると泣きながら食べてた姿。
もう、あんな光景は見たくない。
だから・・・まずは。
全ての源の、土から癒さなきゃね。
手の平に、岩の中を何か温かい力が流れているのを感じる。これは・・・水?
そうだ、水だ!!
枯れた土地を、たっぷりの水で潤そう!
カラカラに固くなった土に、手に感じる温かな水がしみこみ、徐々に柔らかくなり、フカフカとした土壌になっていく様子をまぶたの裏に映し出す。
水が吸い込まれ、粉が吹いていた地面に艶が戻っていく。
次に、そこから芽を出すモーリュ草。
一本生え、十本生え、百本生え、千本生え・・・どんどん広がっていく。
その緑色の波は森を超え、道を超え、街を超え、国全体を鮮やかな若草色に染め上げる。
そして、枯れた木々。
固くなっていた大地は次第に木々の根を柔らかく包み込み始め、それを受けてその根はさらに地中深くに広がり、地上では空へ空へと背と枝を伸ばし始める。
雲をつかもうとする指のように芽吹いた若葉は、透き通った青空をきらめく新緑へと塗り替えてゆく。
そうだ!
モーリュ草や木々の緑の中に、色とりどりの花も咲かせよう!
赤や黄色やピンクに白。
星屑のように咲きこぼれる小さな花々や、太陽のごとく咲き誇る大輪の花。
やがて実となり、また新たな命を芽吹かせるように。
みんなが笑顔になるように、いっぱいの緑を!
その瞳を虹色に彩る、いっぱいの花を!!
パッ!
目が、自然に開いた。
が、反射的に思わず閉じる。
もう一度、ゆっくり目を開くと、飛び込んでくる、色、色、色。
生い茂った森の中に、多種多様な花々が咲き乱れている。
「うっ・・・わぁ~!!!すっご~いっ!!」
上を見ると、さっきまで見えていた空が青葉の天井の隙間からわずかに見えるだけになってる。
「キトル様~!大丈夫ですか~っ?!」
「今、ワタクシがそっちに行きますからねぇ~っ!」
目を閉じる前は数メートル後ろにいたはずの二人の姿が、木々に覆い隠されて見えなくなってる。
「あ、待って!!そのまま!」
忘れないうちに、花の形をした岩を隠さなきゃ!
と、手を見ると・・・これ、縮んでない?
岩からちゃんと石サイズになってる。
しかも、心なしかちょっとピンク色。
どうなってるんだ???
「キトル様~?!」
「ちょっと待って!」
ん〜っと・・・まぁいいか、元々不思議岩だもんね!
不思議石になった所で、考えたってわかんないや!
力を入れていた手をそっと離し、草や蔦を生やしてグルグルと石を囲み、見えなくする。
「大丈夫なんですかぁ?!」
「はいはい、大丈夫だよ~!」
手を声のする方に伸ばすと、さぁ~・・・・っとこんもりと茂った草木が割れて道が出来、ナイトとヘブンの姿が現れた。
「「大丈夫ですかっ?!」」
二人が飛ぶように駆けつけ、頭や背中をペタペタと触って確認される。
ヘブンは鼻先でフンフンするから、こそばゆいよ〜。
「今の所大丈夫、かな?ちょっと疲れたけど、それより、ビックリしてる!!」
そう言って、上を見上げる。
風に揺られた葉っぱが揺れて、サワサワと耳心地の良い音を奏でている。
「・・・緑の使徒様の力って、こんなにすごかったんすねぇ・・・」
ナイトは呆れたような、困ったような、それでいて誇らしげな笑顔を見せる。
「キトルさまっ!さすがですぅっ!」
ヘブンが前脚を交互に上げてリズミカルに踊っている。
頭の上からはシュルシュルと真っ赤な舌を出したネズカグチが枝から枝へと渡って喜びを表現している。
「ねぇ~・・・でもすごいけど、ホントに国全体にちゃんと広がってるのか確認しなきゃね。この森だけなら、前に公爵領でやったのと変わらないわけだし」
「あ、確かにそうっすね。まだわかんないっすもんね」
「王様に言って、各地に人を手配するか魔法鳥とかで連絡して確認してもらって、もしまだ力が行き渡ってない場所があればそこに行かなきゃでしょ?あとは、一気に植物が生えたせいで何か悪影響とかが・・・」
喋りながら、だんだん力が抜けてきて、膝がガクンと曲がる。
「キトル様っ?!」
「キトルさまぁっ!!」
ナイトが慌てて腕をつかみ、ヘブンがお尻の下に滑り込んで倒れこむのを阻止してくれた。
「大丈夫大丈夫、ちょっと立ち眩みがしただけ・・・」
「もう喋ったらダメですよ。大仕事をしたんですから、このままヘブンに乗って行ってもらいます」
「そうですよっ!ワタクシの背中で、たっぷり寝てくださいっ!」
そう言って、二人がかりでヘブンの背中に乗せられる。
「え~でも、寝たくないよう・・・」
「何言ってんすか。寝ないと回復しませんよ?」
「だって、せっかくいっぱい草も木も花も生やしたんだもん・・・もっと見ていたい・・・」
下がって来るまぶたを無理やり上に引っ張る。
「・・・仕方ないっすねぇ。ヘブン、俺も乗っていいか?」
「今日だけ特別ですよぉ?キトル様が揺れないように、しっかり抱えててくださいねっ?!」
子供たちの悲鳴が聞こえた時はすぐに乗せてたのに、ヘブンってばナイトにはツンデレなんだから~・・・。
なんて考えてたら、ヘブンに座った私の後ろにナイトが乗り、腰を抱えて落ちないように固定する。
「もっと体重預けて横になっていいっすよ。どうせ軽いんで」
「何をぉ〜?見てろよぉ~・・・あと何年かしたらムッチムチの絶世の美女になってるんだからなぁ~・・・」
「ハイハイ」
頭の上から笑みを含んだ声が落ちてくる。
ネズカグチがこっちこっちと言うように森の出口に向かって木の枝を移動し、ヘブンが揺れないようにゆっくりと歩き出す。
ゆったりとしたヘブンの歩みが、生い茂った森の木漏れ日が、葉っぱのこすれる音が、まぶたをどんどん重くしていく。
あ~せめて森を抜けるまでは頑張りたかったけど、やっぱり無理かも~。
「ナイト、ヘブン、あとは頼んだぁ~・・・」
仕方ないかぁ。でも結構私、頑張ったんじゃないの~・・・?




