エピソード 35
「キトル様~次どっち行きます~?」
ナイトが左右の分かれ道の前で振り向いた。
私たちは今、王都から二時間くらいの田舎道を歩いている。
禁書庫でセレナさんの恋心大爆発ノートの続きを探したけど、探す範囲があまりに多すぎて見つからず・・・
王様に「非常に重要な情報が載っている続きを探して欲しい」とお願いしたら、人を手配してくれる事になった。
元々いつかは整理して管理しなければいけないと思っていたらしく、情報を他に漏らしませんって誓約魔法?か何かをかけて管理人を付けることになったらしい。
早急に取り掛かる!とは言ってたけど、予算やら何やらでちょっとは時間がかかるらしいので、セレナさんが遺してくれたヒントに沿って王都からセイクリッド山に向かって歩いてみることにしてみたのだ。
あのまま王都に居たら、社交だの食事会だのに引っ張りまわされそうだったってのも大きな理由ではあるけども。
でももしノートの続きが見つかって、また内容がピンク色だったらどうしよう・・・。
「キトル様ぁ~?」
ナイトに顔を覗き込まれる。
「あ、ごめんごめん!どっちに行くか、だよね?」
「どっちの道から行ってもセイクリッド山には近づきますけど・・・どんな大きさの石か、とかもわかんないんすよね?」
「そうなんだよね。近くに行けば何となくわかるらしいから、ウロウロしてみるしかないかなぁ~」
「ワタクシがキトル様を乗せて走り回ってみるのはいかがでしょう?!」
「早すぎたら近づいてもわかんねぇかもしれないし、ヘブン迷うから帰ってこれないかもしれないだろ?」
そうなのだ。私もだけど、ヘブンもなかなかの方向音痴。
ただ、鼻が利くから、万が一の時にはナイトの匂いを探せばいいんだけど。
なんとなく右側の道を選んで歩き出す。
違ったら左側に行けばいいだけだしね。
この辺は、王都に近い街道だからか少し雑草も残ってるみたい。
ただ歩くだけってのも暇だし、手を伸ばして花を咲かせながら歩く。
ハコベ、シロツメ草、ドクダミ、ナズナ、タンポポ、カタバミ、菜の花、スミレ・・・
「綺麗な花っすね~」
「全部食べられるやつだよ~」
「えっ?!」
ヘブンが勢いよくパクリ!
「・・・これぇ・・・鼻が曲がりますぅ・・・」
「あ~ドクダミは匂いが独特だから、好みが分かれるよね~」
「ヘブン!顔!顔!」
ナイトが指さして大笑いしてる。
あ~いいなぁ~。
最近色々と慌ただしかったから、こういうのんびりまったりした感じがたまらない。
お天気も良くて、日差しは暖かく、風も気持ちよくて、遠くに聞こえる悲鳴が心地良・・・
悲鳴?
「キトル様っ!」
「聞こえた!ヘブン!走れるっ?!」
「もちろんですっ!」
ナイトが私を抱えて、ヘブンにまたがると突風が身体を包む。
風で目が開けられないっ!と思ったら、顔の周辺だけ風が無くなる。
そっと目を開けると、ナイトが左手で私を抱えたままヘブンの首輪を、右手は私の顔を風から守るように覆っている。
片手で猛スピードで走るヘブンに捕まってるから、腕がプルプルしてる。
もう、無理しちゃって!
思わず笑顔になった瞬間に、ヘブンが急ブレーキ!
つんのめって前に落ちそうになったところをナイトがキャッチしてそのまま飛び降りる。
「こら!ヘブン!キトル様が落ちるとこ・・・」
ヘブンの様子がおかしい。
低い、低い唸り声をあげている。
ヘブンの鼻先から十数メートほど離れたところに、女の子と男の子。
街道に沿うようにある、枯れ木だらけの大きな森の入り口ら辺に座り込んでる。
私より小さいし、多分五、六歳かな?二人とも青い顔をしている。
その二人の目の前、ヘブンが唸り声をあげている方には・・・巨大な蛇。
背中にはひび割れたような模様があり、目は黄色く濁っている。
まさに子供を襲おうとしてたっぽいけど、ヘブンが威嚇しているからかどちらも動かない。
「 ネズカグチ・・・か・・・?」
「何?それ」
ナイトは知ってるっぽい言い方だけど、なんで疑問形?
「もし ネズカグチだとしたら、基本的に人を襲う事なんてないんです。図体のわりに臆病なんで木の根っこやネズミみたいな小動物を食べるくらいで、危険な魔物じゃないんすけど」
「あの子達小さいし小動物に見えたとか?」
「・・・キトル様もあんま変わんないっすよ」
「私の方が大きいもん!」
言いながら、手を前に出す。
森の入り口に生えていく枯れ木の枝が伸び、 ネズカグチ?に絡みつく。
そのまま捕まえ・・・られなかった。
ニュルリと枝に絡み、捕まえたというより巻きつけただけになってしまった。
「こいつ、目が濁ってるし多分正気じゃないっすよ。空腹でおかしくなったか、幻覚作用のあるもん食ったか・・・」
「さっすが探偵ナイト!観察能力が高いねぇ!」
「たんて・・・え、何すか?」
木の枝から、小さな若葉がピョコピョコと芽を出す。
そのまま葉が増え、小さな赤い実をポコポコとつけ始める。
「あれ、何ていう実っすか?」
「さぁ?蛇さんが好きそうな味で、お腹いっぱいになって、目を覚ませそうなの!って考えて作った」
「・・・適当っすね」
「そうそう、何事も適当な方が上手くいくもんよ!」
大蛇は目の前に突然出来た木の実に少し驚いたようだけど、食欲に勝てなかったのか一粒細い舌で巻き取って食べると、勢いよく食べ始めた。
ほ~らね!食べてるじゃん!
ってか食べるスピード早いね!よっぽどお腹空いてたのかな?
木の実が無くなりそうになってまた作って、を三回ほど繰り返したところで食べなくなった。
目の色も綺麗な琥珀色になっている。
「・・・キトルさまに、お礼を言ってます!子を食べずに済んだ、だそうです~!」
途中から警戒をといたヘブンが通訳してくれる。
「やっぱり人間は食べないんだね」
「いえ、自分の卵の事だそうです!」
そこまで飢えてたのか・・・。
しゅるるるる・・・と不思議な声を出しながら、木の枝を伝って森の方に帰って行く。
「た・・・助かったの・・・?」
お互いの手を握った子供達がだんだんと涙目になり、緊張の糸が切れたのか、うわ~ん!と泣き始めた。
ほっとしたんだろうね、泣き止むまで待ってあげるか・・・と思ってたら、ナイトが二人を両手でひょいっと抱え上げた。
驚いて涙が一瞬止まる。
「お前ら、なんでこんな所に?」
「ぐすっ・・・き、今日母ちゃんの誕生日なんだ!父ちゃんも母ちゃんも畑に行ったから、何か木の実とか見つけてあげようと思って!」
「あたしは勝手についてきたの!あたしも母ちゃんに何かあげたいって!」
んまぁ・・・いい子達じゃない。と思ったけど。
「お前たちの父ちゃんと母ちゃんは、お前たちが危険な目に遭って、蛇に食べられて、喜ぶような人間なのか?」
おおぅ・・・ナイト兄ちゃん怒ってるぅ・・・。
「だ、だって・・・」「あたしがこっちに行こうって言ったの、兄ちゃんは行くなっていったんだけど・・・」
あ~あ、ほらまた泣いちゃうぞ?
「喜ばせたいなら、おめでとうの言葉でいいんだ。まずは、自分の身を守れるようになってからだ。お前たちが無事に大きくなるのが、親にとっては一番のプレゼントなんだからな。それに兄ちゃん、妹はずっとお前さんの事かばってるぞ?」
男の子の方がハッとして女の子の顔を見る。
「ご、ごめんな、兄ちゃんがちゃんと止めてやればよかったな」
「に、兄ちゃん・・・ごめんなさぁぁい~」
やっぱり泣いちゃった~。でも怖くて泣くよりはいっか。
ナイトが二人を降ろした足元の地面に向けて手を出すと、三人の周りにぶわっと緑の葉っぱが広がり、真っ赤な実が沢山出来た。
「蛇さん見たからヘビ苺・・・と言いたいところだけど、美味しくないらしいから野苺にしてみたよ!さ、二人とも泣き止んで、ナイトパパもみんなで食べよっ!」
「誰がパパっすか!!」
もうその面倒見の良さは、お兄ちゃん通り越してパパって感じでいいんじゃないの~?