エピソード 26
え~と、どうしましょう。
キトル、七歳。
ただいま七年間の人生で一番の大ピンチ。
大観衆の前で、訳のわからない動きをして、人様が咲かせた花の色を勝手に変えちゃいましたとさ。
しかも、我に返ったのが腕を伸ばして手を開いた時だったから、その体勢のまま固まっちゃってる。
えっと・・・腕って、どうやって動かすんだっけ・・・?
頭の中、真っ白。
すると、突然。
グンッと身体が揺れて、視界が高くなった。
下を見るとナイトがいる。
私を、肩に乗せてる?
そのまま、大きく円を描くようにクルクル回り始めた。
「キトル様!うちの、ばあちゃんの集落で作った黄色いのってなんでしたっけ?!」
おばあちゃん?黄色いの?
「えっと・・・バナナ!」
ナイトが回るもんだから遠心力で手が横になって、その下からバナナの木が生えて黄色い実が成る。
「じゃあ、ばあちゃんの目を治したやつは?!」
「あれは~、ブルーベリー!」
軽やかに踊るナイトの肩に乗って、舞台にブルーベリーの木を生やす。
「ヘブン!風起こせるだろっ?見てるやつらに、キトル様の美味いの食わせてやろうぜ!」
「はぁ~いっ!あとで私にもくださいねぇ~!」
ヘブンが魔法で小さな渦巻のような風を数個作り、木から離れたバナナやブルーベリーを見に来た人たちの方に飛ばす。
観客からは、わぁ~っ!こっちにも~!と次々に歓声が上がり始める。
「俺がキトル様に初めて会った時、裏でばあちゃんと食ってた緑の大きいやつ!」
「あれは飛ばしたら痛いからダメ~!」
自然とあははは!と大きな笑い声が出る。
も~ナイトってば!やってくれるなあ~!
ホント、私ってばいい従者に恵まれちゃったね!!
舞台が果樹園と化した頃、ナイトの肩から降りると観客からわぁ~っと歓声と拍手が起こる。
ナイトが紳士っぽくお辞儀をするから、私もパールちゃんに習った淑女のお辞儀をし、その横でヘブンもぺこりと頭を下げる。
歓声が一際大きくなる。
これで、本物だってわかったでしょ。
顔を上げると王様が近づいて来て、観衆が一斉に静まり返った。
おぉ、なんか王様っぽい。
「もう疑うものはいないだろう。この方こそが今代の緑の使徒、キトル様だ。この国だけではなく世界を救う使命を帯びたお方だ。この方の行く手を阻むことは、この国、この世界全てを敵に回すと心得よ!」
おいおい、それはちょっと仰々しすぎない?
観衆もわぁ~!とか言っちゃってるし。
まぁいいか、どうせそのうちこの国も出るんだし。
手を上げて歓声に応えると、さらにそのボリュームが大きくなった。
うんうん、最初来た時に想像してたの、これだったんだよね~。
緑化系アイドル、キトルちゃんみたいな?
でも実際されると、これいつ手を振るのやめていいかわからなくて困るなぁ。
結局、騎士に促されて舞台を降りるまで、引きつった笑顔で手を振り続けるキトルちゃんなのでした・・・。
王城に戻り、大人数用の会議室?応接室?みたいな所で聞いた話によると、果樹園ステージの後ろの方では観衆に見えないように偽キトルと偽ブランが騎士によって捕らえられていた。
そう、この目の前で縛られてる偽キトルと偽ブランが・・・。
十代後半に見えてたけど、二十歳は余裕で越えてるな、こりゃ。
「あたしは偽物じゃありません!家の近くであの鉢を見つけ、手をかざしたら木が生えてきたから・・・!」
「お、俺もです!こいつとは夫婦ですけど・・・嘘をついたのはそれと名前だけです!本当に木を生やせたから、緑の使徒だと思って大神官様の言う通りここに来たんです!」
夫婦だったんか~い。
名指しされた大神官サマは他国のお偉いさんだからなのか、一人捕らえられていない。
私達の近くで涼しい顔して捕まってる二人を見てる。
「わたくしは神聖な気配を感じ、出会いました。その後、アルカニア王都で緑の使徒様を探していると伺ったので、木を生やして見せたこの方達をここに連れて来た次第です」
悪い事など何もしてない!って顔で言ってるけど、この人なんかヤな感じなんだよなぁ。
美術品みたいに綺麗な分、何考えてるのかわかんないし。
「その鉢ですが、色々と検証してみた結果、誰が手をかざしても木が生えるようで・・・」
なんか黒いマントを羽織った研究員みたいなおじいちゃんが報告する。
「あの青い花、咲かせたんですかっ?!」
あの花は何か嫌な感じがするから、咲かせちゃいけない気がする。
「いえ、その後何度か試しましたが、木が生えるだけで、花はあの一回っきりです」
「そっか、良かった・・・」
「なんかあるんすか?」
ナイトが顔を覗き込む。
「わかんないけど、あの青い花はなんかダメな気がする」
「ふうん・・・わかりました」
理解はしてないけど納得した顔だな。
「そんな・・・あたしが生やしたから、あたしは緑の使徒なんだと思って・・・もう、あの生活から抜け出せると思ったのに・・・」
偽キトル、ホントにショック受けてる。なんか可哀そうだな。
「ね、王様?」
「・・・キトル様ならそうでしょうな」
小さくため息をつく。
「私の名前を騙られた件は、私がお咎めナシにします。特にこれといった害も出てないし、悪気があったわけじゃなさそうだし。あとは王様に裁いてもらうけど、出来るだけ軽めの罰にしてあげてくださいね?」
「だ、そうだ。緑の使徒様にお願いされたんじゃ王と言えど断れぬのでなぁ。こればっかりは致し方ないのぅ」
「「あ、ありがとうございますっ!」」
二人とも、頭をペコペコしながら部屋から連れ出されて行った。
うむ。これにて一件落ちゃ
「改めまして、緑の使徒様にご挨拶申し上げます」
・・・そうだ、この人がいたんだ。
腕を交差させて両肩の前に付け、片膝をついて下を向く。
そのポーズ何なんだろう。
「わたくし、セラフィア聖神国で大神官を務めておりますセリオス・セラフィアと申します」
「セラフィア?」
「神官になると、俗世での名前を捨て、神のしもべとなりセラフィアを名乗る事を許されます。神殿に住む者の家名は全てセラフィアなのですよ」
ふぅ〜ん。
「我が聖神国は神の下に一番近い国として、世界の平和と人々の安寧の為に日々祈りを捧げております」
へぇ〜。
「その為、我が国はこの世界が危機に面しているこの時代においても、神の御心により緑が多く残り、人々は豊かに暮らしているのですよ」
ほ〜ん?
「使徒様には、是非このままご一緒に神の国である聖神国に来ていただき、神の名の下に神聖なる力をお使いいただきたく存じます」
「あ、いいです」
「・・・?」
セリオスさんがキョトンとしてる。
「行かないです。行かないって言うか、そのうち行くと思いますけど、行く時は自分のタイミングで行くんで!」
ナイトがブハッと吹き出す。
「しかも、まだ緑豊かなんですよね?そんなの、最後の最後でいいって事じゃないですか!」
「なっ・・・!しかしっ!我が国は神のっ!」
「神様にも会った事ないですし?いるのかもしれないけどですけど、こんな子供に大役任せるんですもん。無責任な神様ですよね〜」
「なっ・・・!なっ・・・!」
あらま。綺麗な顔が歪んできたぞ?
「でもそのうち行きますんで!それまで待っててくださいね!」
悪意は無いから、に〜っこり笑ってあげよう!
口をパクパクさせて何か言おうとした時。
騎士、というよりただの兵士っぽい格好の人が部屋に飛び込んできた。
「陛下、並びに緑の使徒様に申し上げます!伯爵、ドルムンタ元伯爵ともう一人が、檻の中で亡くなっております!」
な、何て?亡くなった?
死んじゃったって事?
ちょっと、何かサスペンスな展開になって来ちゃったじゃないの・・・?