エピソード 144
「キ・・・キトル様?」
後ろから聞こえたナイトの声に、ハッとする。ヤバ、完全に忘れてた。
かなり突っ込んだ内容まで話しちゃってたけど、後ろに三人がいたんだった。どうしよう、忘れてって言ったら忘れて・・・は無理だけど、黙っててくれるかな?別に言いふらしたりはしないだろうけど・・・
後ろを振り向くと、ナイトは片膝をつき騎士のようなポーズ、その左にはミニヘブンがちょこんと両手を揃えてお座りし、ナイトの右側ではモルチが正座をしている。
「その、横の、小さい人形みたいなのって・・・」
ん?横?カミサマの事?
「え?話聞いてたでしょ。カミサマだよ」
「キトル様が神と対話されてるのはわかりましたけど、神の言葉なんてわかんないっすよ。やっぱりそれ、あ、いや、そのお方が神なんすね」
んん?神の言葉??
横を見ると、雛人形カミサマがいたずらっ子のようにふふふっと口元を隠して笑う。
『この言葉は日本語ですよ。自然に話していたから気が付かなかったかしら?』
あらまあ、そうだったの?私ってばついに無意識バイリンガルになったのね。
って事は三人とも話は理解出来てないんだ。良かった~。
すると、正座していたモルチが膝の上に置いたコブシをグッと握り締めて叫んだ。
「かっ、神よ!わたしはかつての使徒、テリーナ様に仕える従者のモルチでございます!かつてこの地を訪れた際に私が犯した罪を」
カミサマが、桃色の着物に包まれていた右手をすっ・・・と前に出しモルチの言葉を遮る。
「使徒の子らの目を通して、アナタの事は知っています。そして、アナタがどのような心づもりでここに来たのかという事も」
カミサマもナチュラルバイリンガル。ってかこの世界作ったのなら、もっと古代の言葉とかも話せるのかな?
な〜んて、どうでも良いこと考えてたら、クルッと神様がこちらを向いた。
「キトル、アナタは本当にそれで良いのですか?」
モルチが力を返す事じゃないよね。モルチが死んだらテリーナさんに会えるようにってお願いする事だよね?
「あの、それについて、もう一つ聞きたい事があるんですけど」『テリーナさん、吉野さくらさんって、もしかして、元の世界に戻りたいってお願いをしたんじゃないんですか?』
お、意図的に日本語に切り替えられたぞ。吉野さくらさんの話だから、勝手に聞かせない方がいいかなと思ったんだよね。特に『家族に会いたい』って願いをしたと思い込んでるモルチには。
『ええ、彼女は元の世界に戻りたいと・・・この世界で記憶を取り戻してから、ずっとそれだけを望んでいました。彼女自身はテリーナではなく吉野さくらという意識の方が強かったようですね』
目を伏せ、少し悲しそうな顔をする。記憶を取り戻した当初の壁画を書いたのは、ドワーフのテリーナさんじゃなく吉野さくらさんだった。彼女の前世に戻りたいと悲しみに暮れる姿を見て、モルチは家族を失ったから悲しんでるんだと思ったのか。
確かに、私もキトルの記憶はあるけど、意識としては大山さくらだもんね。八歳の思考回路ではない、と思いたい。
『あれ、でも、元の世界に・・・?吉野さくらさんは、こちらに来る前に事故に遭ったって壁画に書いてましたよね。それに、世界を救った後もずっと洞窟で過ごしたって話も聞いたし』
『ええ。その通りです。神と崇められる力を持とうとも、命を悪戯に奪う事など許されません。その為、彼女の願いはテリーナとしての命を全うした後に叶えられたのです。事故が起こる『五分前の』元の世界に戻りたい、という願いをね』
あっ・・・!
な~るほどっ?!そういう事か!!
『もう一つ付け加えるならば、モルチが何千年何万年待とうとも、この世界に彼女が再び来ることはないでしょう』
え、そうなの?まぁモルチが考えてたお願いがそもそも全然違ったんだし、それはそうかもしれないけど。
『彼女はもう、吉野さくら、ではありませんからね』
・・・?
・・・!!
私の表情を見て、楽しそうに笑う雛人形様。
そうか!そうだった!フロストリアで見た壁画の写しに書いてあった!
彼女が事故に遭ったのは、お祝いの後。プロポーズされた、お祝いだ!
吉野さくらさんは、無事に元の世界に戻って、結婚して、もう吉野さんじゃなくなったんだ・・・!
そっかぁ、そうなんだぁ。良かったね、さくらさん・・・!
ちょっとウルッと来ちゃったよ。千百年も待ったモルチには悪いけども。
『こちらと元の世界の時間の流れは違いますが、多少の干渉は出来ます。これまでここを訪れた使徒達は、皆一様に元の世界で死を迎える前に戻りたい、と願いました。それこそ、あちらで天寿を全うした者ですら、です』
え、そんなに年配の人も来てたのか。う~む、年齢よりは名前とタイミングなのかな。
『唯一、アナタの前の使徒、染井桜良さんは元の世界に戻る事も、願いをかなえる事にも興味はなかったようですね。あの子はこちらの世界で愛する者を見つけたようで・・・。常に全力でその時を生きる、という事を大事にしていた子でした』
思い出すようにふふふっと微笑む。そうね、直接会った事はないけど、セレナさんはそんな感じの人だったみたいだね。
スウッと神様が真顔になり、さっきモルチが話すのを止めた時のように右手を前に出す。
「ではキトルの願いをかなえる前に、モルチよ。アナタが得た、その身に不相応な力を返してもらいます」
そう言うと、モルチの後ろから強い突風がカミサマの元へと吹き抜ける。一瞬目を閉じて開けると、何も変わってない景色。はて。
「モルモル、もう力無くなったの?」
「ええと・・・た、多分・・・。ちょっと試してみ」
「やめなさいっての。こら、その小刀をしまいなさい」
自分の腕を切ってみようとするモルチを止める。も~すぐそういうことする~。
「元々それほど大きな力ではありませんからね。変化はないでしょうが、もう普通のドワーフですよ」
口元を隠して微笑みながらカミサマが告げる。仕草が優雅だなぁ。
「し、しかし神よ。わたしは神の力を盗んだのです。罪を償わねば・・・」
「もうキトルが罰を下しましたよ。その通りに、これからその命が終えるまで罪を背負いなさい」
あれ、それだけでいいの?
「雷落としたりとかしなくていいんですか?」
「うふふふふっ!落としませんよ。それは、神罰が下った、と以前聞いた時の事でしょう?アレは昔の使徒が力ずくで話を聞き出そうとされ、力を暴走させたのです。それ以来、使徒に話を聞き出すのは禁忌になったようですね」
とっても楽しそうに笑うカミサマ。物騒な事言ってるのに上品とはこれいかに。
「さて、もう聞きたいことがなければ、キトルの願いを」
「あ、すいません、やっぱりお願い事変えてもいいですか?」
右手を軽く挙げて、カミサマが言い終わる前に止める。
「えぇっ?!キトル様ってば、ここにきてモルモルの心を折っちゃうなんて非道~っ!」ナイト、なんだそのぶりっ子ポーズ。これは何か察してるな?
「キトルさま、他にお願い事が出来たんですかっ?」ヘブンは何もわかってなさそう。
「お、お、おまっ、お前っ、まさか、力を返したからそれでもう用済みという・・・?!」こらこら、モルチは焦りすぎ。
「モルモルはちょっと落ち着きなさいってば。ちょっと、まずは話を聞いてもらおうじゃないの!」