エピソード 143
『まず、何を知りたいのですか?』
鈴の音のような、春の風のような、軽やかで美しい声。気を抜くとついうっとりしちゃう。
『あ、えっと、・・・さっき聞いたトコなんで気になってるんですけど、私の前の使徒のセレナさんとテリーナさんも前の名前がさくらさんだって聞きました』
目の前に佇む立派な桜の木の幹に向かって話かける。ぶっといなぁ。両手を広げて繋いで、私が五人くらいいたらギリギリ届くかな?
『私の前の名前もさくらです。ここの世界に呼ばれたのは、カミサマが桜の樹だからですか?』
ひらりと落ちた花びらが、まるで正解です、と褒めるように頬を撫でる。
『ええ、その通りです。名は魂と密接に繋がっています。私の元に呼び、力を与えるには、私と深い繋がりが必要なのです』
やっぱり・・・!納得していると、更に声が続く。
『吉野さくらさん、染井桜良さん。あの子達もソメイヨシノとサクラ、という遠くない繋がりがあったからこちらに呼び出す事が出来、使徒として緑のスキルを与える事が出来ました。そしてこれまでの使徒になった子達も・・・。ですがキトル、アナタは歴代の緑の使徒の中でも特別なのですよ』
んん?どういう事?私が特別可愛いとかそういう事?
薄桃色に覆われた空を見上げると、顔に出ていたのか、空気がふふふっと優しく揺れる。
『私が、何という名前の桜の樹か・・・わかりますか?』
名前?桜の種類って事??
『あ〜、すいません、桜って事は分かるんですけど、植物にはどうも詳しくなくて・・・』
緑の使徒としてあるまじき発言。でもわかんないもんはわかんない。嘘ついたってしゃーないし。
クスクスクス、と楽しそうな笑い声が辺りに響く。
『私は、大山桜。日本に古くからある固有種の桜です。アナタと、同じ名を持つのですよ』
ブワッと私の顔と心に風が吹く。
そうか。
私と、このカミサマは、同じ名前を持ってるんだ。
『私は人がまだ社会を築く前の時代に山深くに生まれ、運良く千年を生きました。そして、あちらの神に力を与えられ、この世界で私と同じ形の大陸を作ったのです』
サワサワと風に揺れた枝から、花びら達が踊るように舞い落ちる。
『いつの間にか生まれた小さな生き物達を育む為に私の力を分け与えようと、一つ一つの大陸へ土地を豊かにする植物を産み落としました』
アルカニアにはその豊かな土壌を耕すモーリュ草を。
バラグルンには固く乾いた地盤を砕き潤すザルクを。
ドラヴェリオンは獣人達の命を繋ぐジャングルの木を。
フロストリアではアイスエルフに魔力を与える雪花樹を。
そして、神を崇めるセラフィア聖神国には同じ桜の名を持つ芝桜を。
『そして私はその中心であるこの山の上に根を下ろし、全ての土地へと流れる命の水を蓄えるようになりました』
命の水。
・・・あっ!この湖の水の事?!これが流れてって、あの石に繋がってるって事?!
『この水は多過ぎると生き物にとって有害です。なので、この山と国との境目に水量を調整する石を置きました。ですが・・・時が経つと、石が水を含むようになり、国へと流れる水が減っていきました』
そうだね。あの石の中に沢山の水があったもん。
『しかし私はここを動く事が出来ません。故に、元の世界から私と縁のある魂を呼びせ、緑の使徒として国々を巡ってもらったのです』
桜の樹と縁のある名前。だから、日本人の女の子ばっかり呼ばれてたのね。
『本当ならば、私が全ての石を健全化して回り、生ける者たちを近くで見たいのですが・・・。ここを離れる事が出来ないが為にあなた達にめんてなんすを頼まざるを得なかったのです』
めんてなんす。めんてなんす・・・?突然出た現代の言葉にちょっとフリーズする。
使徒様のお仕事、まさかのメンテナンス要員だったとは。まぁ世界のメンテナンスって言ってしまえば神の使いのお仕事だわな。うんうん。
『これまでもアナタ達使徒の目を通して世界の様子は見させてもらってはいましたが、優しさとユーモアに溢れ、そして強い心のあなたの活躍を見るのはとても楽しい日々でしたよ、キトル』
そんなに褒めてもらったら、どうしていいかわかんなくてクネクネしちゃうぞ~?というか。
ビシッと手を挙げて、先生質問です!のポーズ。
『はいっ!いいですかっ?!』
『あら、うふふ、何かしら』
も~声だけでもイチイチ可愛らしいんだがっ?!
『桜の樹のカミサマは、人型にはなれますかっ?!』
ピタ、と風が止む。ん?この風、カミサマと連動してんの?
『人型、ですか?』
『はい!あの、ガーデリ、あ〜えっと、ドラヴェリオン帝国で出会ったドラゴンがいまして、そのドラゴンが人型になれるんで、』
『ええ、アナタが名付けたガーデリオンですね、存じていますよ。そのドラゴンのように人型に、という事ですか?』
『は、はい・・・桜の樹のどこ見て話せばいいのかわかんなくて。お花の部分が目だとしたら、私まだ小さいし、首がこう、グンッて』
クスクスクスクス・・・と楽しそうな声が広がる。
『花が目、ですか。初めて言われました。いいですね、やってみましょう』
カミサマとっても楽しそう。やっぱさぁ、話す時は相手の目を見て話しなさいって言うじゃん?
そう思った瞬間、ブワッと突風が吹き、思わず目をギュッと瞑る。
これってもしかして、目を開けると桜の樹が無くて目の前にゴージャス美女か超美少女が現れたり・・・?と期待して少しずつ目を開けると、目の前に茶色。の樹の幹。上を見上げると、桜の花もそのまんま。
ありゃ?やっぱり無理だったのかな?
『・・・少し小さくなってしまいましたね』
と、右側から声が聞こえて、首を動かすと・・・。
え、雛人形?雛人形が、宙に浮いてる。
『人型になるというのは、なかなか難しいものなのですね』
雛人形がクスクスと笑い、口元を袖で隠す。
グラデーションになったピンク色の十二単、艶やかな黒髪はゆるりと束ねられ、よく見ると真珠のようなつややかな白肌なのに頬と唇は淡いピンク色をしている。控えめに言ってもとても麗しい美女だ。小さいけど。
『・・・カミサマ?』
『ええ、このような試みは初めてで楽しいですよ、キトル』
っかぁ~!声だけでも気絶しそうな美声なのに、美女で、しかもミニマムで可愛いなんて・・・カミサマと言えど、反則なんじゃないのぉ?!