エピソード 141
「ひぃ〜!太ももが悲鳴を上げてる〜!」
絶叫系ジェットコースターか?!ってくらいの急角度な坂道が終わると、今度は全ての神社を合わせたくらいの階段が待っていた。
運動部でも今どきこんな階段登らないよな〜と思いながらヘブンに乗って、途中にあった踊り場で休憩してオヤツを作ったりセリオスさんに持たされたヨーカンを食べたり。
で、せっかくなんだし私もちゃんと自分の足で歩こう!階段なら行けるハズ!と思ったんだけど。
「はひぃ、ひぃ、ひぃ、ふぅ」
なんか産み出しそうな呼吸してるけど、これ、ただキツいだけだからね?
階段をリズミカルに踏み上がっていたのは最初の数十分ほど。その後は秘学神官の聖神力を浴びたわけでもないのに、おばあキトルちゃんな体勢。
右手にナイトの手を持って、左手にヘブンの尻尾、後ろにはモルチが万が一に備えてて、万全の体制。
私ゃ重病人か?
「キトル様、あの踊り場まで行ったらもっかい休憩しましょう」
「ふ、うん!ふぅ」
ナイトとヘブンに引っ張られるように二回目の踊り場に着くと、手渡されたお水をがぶ飲み。プハァ〜ッ!生き返るぅ!
「は〜!コレ、明日筋肉痛になりそ〜!」
「明日はきっと使徒のお役目を終えた後でしょうし、ゆっくり休んだら良いっすよ」
お水のお代わりを手渡しながらナイトが言う。
「明日かぁ。明日はとりあえず神殿に帰る感じになるのかな〜?」
「そうですねぇ、お役目を終えて帰る時はまたこの道を通るんでしょうか?」
ハッ!ヘブンに言われて初めて気付く。確かに・・・!
「戻る時は降りるだけだからそれほど上りほど大変ではないぞ。わたしの時はテリーナ様が柔らかくて厚みがあり、滑りにくく頑丈な大きい葉を出してくださったので、それに乗って滑り降りたぞ」
思い出すように遠くを見ながら話すモルチ。
「それって一気にっすか?スリルのある滑り台っすね」
ナイト、ちょっとワクワクしてない?やらないよ?
「まぁ使徒様は好きなように植物が作れるのだ。自分のやりたいようなやり方で降りれば良い」
「あっ!って事はさ!」
めっちゃいい事思い付いた!と思って人差し指をピーンと立てたら「歴代の使徒様方はこの山を登る時に神の力は使わなかったらしいぞ」と何を言うか分かってた風のモルチに釘を刺されてしまった。
ちぇ。人差し指も曲がっちゃうぜ。
「とは言え、ほれ、もう頂上が見えてきている。もう一息だ」
言いながら立ち上がり、腰に手を当て身体を反らせる。
顔を上げると、う~え~の方に途切れた階段。ホントだ!
「やった!もうちょっとだ!頑張るぞ~!」
「キトルさま、次の踊り場まで乗らなくて大丈夫ですか?」
ヘブンが尻尾をフリフリ。
「乗るぅ!頑張るのは、次の踊り場からっ!」
ヘブンの首元に抱きつくと、ナイトとモルチが一緒に笑いだす。
「お前は記録がある限り歴代の使徒の中で一番幼いからな。従者の力を借りるくらい、神も多めにみてくれるだろうさ」
モルチがヒゲを撫でながら笑う。
「テリーナさんって何歳だったの?」
「テリーナ様が力に目覚められたのは十九の時だ。前の使徒が十五くらいだったから、お前が力に目覚めた七つは最少だな。そういえばあの娘はあの時、何と言っていたか・・・」
最後の方は独り言のようにブツブツと呟いている。セレナさんの事か。確か十四って書いてあった気がするな。
「キトル様がヘブンに乗るなら、そろそろ出発しましょうか」
ナイトの声で皆立ち上がる。いや、私は腕を引っ張って起こしてもらう。
そこからヘブンに乗ったり、ひぃひぃ言いながら頑張って上ったりを繰り返す事三時間。
「とうっ・・・ちゃく~!!」
階段の一番上に倒れ込む。最後は自分の足で!って歩いたから、膝がプルプルしてる~。
「うわ、すっげぇ眺め!キトル様、見てくださいよ!」
ナイトの声で、地面に突っ伏していた身体を一回転させて上半身を起こす。
「うっ・・・わぁ・・・」
階段の遥か下に、大神殿らしき建物が霞んで見える。ちっちゃ!
目線を上げると、お花の形をした大陸の形がはっきりとわかる。登ってきた階段からまっすぐ、濃いピンク色に染まった土地がセラフィア聖神国。左側の緑の土地がアルカニア王国で、右側の白っぽいのがフロストリア王国。
こうやって見ると、自分の歩んできた旅路がよくわかるな~。と、しみじみ考えていた時。
ふわっ
目の前を何か小さいものが横切った。
反射的に手を出すが、するりと逃れたそれは、曲げた私の膝の上に柔らかく着地する。
「え・・・これ・・・」
「キトルさま、どうしました~?」
並んで景色を眺めるヘブンの声には答えず、そのまま後ろを振り向く。
逸る気持ちとは裏腹に、その光景はスローモーションのようにゆっくりと瞳に映し出される。
目の前に広がる湖。それは確かに池と呼んでもいいくらいに小さく、静かに吹く風を波にして表現している。
そしてその風に乗って運ばれてきたのは、湖に浮かぶ島に凛と咲く、一本の・・・
「桜だ・・・」
穏やかに揺れる水面に映し出され、まるで上下に繋がった一本の樹にも見える。その幹は古の時を刻むように太く、根は島を抱くように伸び、島そのものを支えているように見える。
その枝からは満開の花々が零れ落ちるように咲き誇り、その小さな大地を覆い尽くすようだ。
風が吹けば、ひとひら、ふたひらと散り、風の中を泳いだ花びらは湖面に浮かぶと、淡い光の筋を描きながらゆっくりと円を描くように溶けて広がっていく。
「うわ・・・!すごいっすね。神秘的と言うかなんというか」
「こんな美しい光景、ワタクシ初めて見ましたっ!」
ナイトとヘブンの声も、なんだか遠くに聞こえる気がする。
「なんで、こんな所に、桜の木が・・・」
「あぁ!そうだそうだ!」
すぐ横で大きな声を出され、思わずモルチの方を向く。
「サクラ、だ。前の使徒が、自分には二つの名があるのだ、と言っていたんだ。記録にあったセレナという名は覚えていたのだが、もう一つを忘れててな」
さくら?・・・セレナさんの名前が?
「どこかで聞いた気がしたと思っていたのだが、テリーナ様もここに着いた時に言われていたのだ。『サクラ』と」
「セ、セ、セッ!セレナさんが、自分の名前を『さくら』だって言ってたの?!」
セレナさんの名前もさくら?テリーナさんも、さくらだったよね?!
急いで魔法カバンに手を突っ込み、貰った手記だかメモ帳だかを探す。
「ああ。本当はナントカとサクラだ、と言っていたが、何だったか・・・」
え?!まだ何かあるの?!
ちょっとぉ?!しっかり思い出してもらおうじゃないのっ!!