エピソード 14
「以上がこの村で緑の使徒様に作っていただく予定の擦り傷・切り傷用薬草と、その加工方法になります。栽培方法などわからない事があれば全ての作業が終わるまでにお聞きください」
ケトさぁ・・・ちょっと優秀すぎないかい?
「伯爵家の使いの方が数日前に来て、畑の拡大をお願いしていたと思います。まずはそちらに緑の使徒様であるキトル様を案内していただけますか?」
「はっはいっ!」
ほら、村長のおじいちゃん恐縮しちゃってない?
多分ケトの事、伯爵家の家令の子供かなんかだと思ってそうだな。
伯爵領地を回り始めて七日目、私たちはもう三っつ目の村に来ていた。
元々頭がいいのかロンドさんの教えがいいのか、三日で全部覚えて合格点をもらったケト。
覚えた事柄の中には、薬草の種類や自分で加工までした使い方、伯爵領内の村の位置、そこで育てられている野菜や果物の種類、果ては言葉遣いからお辞儀の姿勢まで入っているってんだから驚き。
ロンドさんも
「次の領主様次第ですが、わたくしの後任に推薦させていただきたいですな!」
なんて太鼓判を押すくらい。
おかげさまでナイトとヘブン、私はケトの指示に従って杭を打ってヒモで区切り、掘り返して生やすという単純作業の繰り返し。
順調だしいいんだけどね。
ナイトとヘブンが薬草畑を作ってる間に、私はこれまであった畑の周りにモーリュ草を植えて野菜を作ってる。
えっと、この畑では葉物の野菜を作ってたんだっけ。
葉物野菜・・・
あれ?
「ねぇ村長さん。この穴なに?」
畑の中、穴ぼこだらけ。なんじゃこりゃ。
「あぁ、緑の使い手様が来てくだスったのに申し訳ねぇ・・・ここいら一帯のヌシっち呼ばれるイノシシが居まスてなぁ。前は森に居たから良かったんだが、エサが無くなっちまったのか村に来るようになっちまってぇ。野菜が育ち始めてもすぐに食われっちまうんでス」
村長、話し方の癖がすごいな。
「大人が退治できないの?」
「退治っち言われまスても、そんな体力も元気もある若ぇのは出稼ぎに行っちまうし、誰か雇う金もねぇもんで・・・」
ふむ。そんなもんか。
じゃあ作っても食べられちゃうから何か対策考えないとだね。
「よっぽど強い魔獣じゃなけりゃ俺が倒せますよ」
いつの間にか畑を区切り終わったナイトとヘブンが後ろに居る。
「オークキングくらいまでならワタクシも余裕ですっ!」
「げ、マジかよ。オークキングは俺一人じゃ厳しいな」
オークキングがどんなもんか知らないけど、キングって付いてるくらいだし強いんだろうね。
「イノシシなら知ってるけど、オークキングも食べられるの?」
前世でも牡丹鍋とかあったしね。
「オークキングも食えますけど、食うより素材としての価値が高いっすね。肉食の獣は筋張っててそれほど美味くないですし」
「ワタクシは野菜と果物しか食べません!使徒様の作る食物で育ちましたので!」
え、ヘブンってば菜食主義者なんだ・・・よくそんなに身体大きくなったね。
「・・・じゃあ腹減っても俺の事は食うなよ?」
「食べませんってば!お腹壊しそうですもん!」
そういう問題じゃないと思うんだけどな~。
「皆さん、どうされました?」
ケトが来たので事情を説明。
「そうですね・・・罠を仕掛けるのがいいんでしょうが、そんな材料も時間もありませんし・・・」
おん?なんで?
「時間ないの?」
「はい!キトル様にはお屋敷で体を休めて頂かないと!」
「え、そりゃお屋敷の方がいいけど、それより食べられる物がないと困るだろうから」
「いえ、キトル様に野宿なんてさせられません!」
・・・別にいいよ?野宿でも今はナイトもヘブンもいるし、フカフカのベッドもすぐ生やして作れるし。
ケト、な~んか気負いすぎてるんだよな~。
「お屋敷には敵いませんけんども、うちの母ちゃんが死ぬまで使ってた寝床ならご用意出来まスんで」
「・・・まぁ、遅くなってもヘブンに乗れば帰れなくはないしね」
「はいっ!任せてくださいっ!」
とりあえず、この辺にいるなら、食べ物があれば出てくるだろうということでお野菜を作ってみた。
おびき寄せられるように、匂いの強い葉物野菜。
大葉、春菊、三つ葉、セリ、セロリ・・・
ハーブ系は繁殖力が強いのが多いから、モーリュ草で畑を囲んでその周りに作ってみた。
強い魔獣の気配がすると出てこないかもしれないから、ヘブンには畑に近づかないように言ってある。
畑は女性や子供たちに見張ってもらって、さぁ薬草づくり開始だ~!
「使徒様!イノシシが現れました!」
・・・早くない?
それだけ食べ物がないんだろうけどさぁ。
畑に戻って木の陰からこっそり様子を見たら・・・
デカっ!
え、デカくない?
前世の馬くらいありそうなんだけど。
いや前世でも目の前でイノシシなんて見た事ないけど、多分こんなに大きくはないはず。
ヌシか?
ヌシだからなのか?
必死で野菜を掘り起こしては食べてる。
森にいるだけならそのまま放っておいても良かったんだけど、一度食べ物があると覚えてしまった動物は元の場所には戻ってくれないんだよね。
ごめんよ。
「ナイト!お願い!」
「えっ?!声出しちゃダメっすよ?!」
「あ」
ナイトがイノシシの背後からそ~っと近づいてたのに、大声出しちゃったもんだからこっちに突進してくるイノシシ。
ヤバい!
とっさに手を出し、竹を生やす。
竹の茎は地下で横に伸びて根を張ってるから、一つ生やせば沢山地上に生えるんだよねっ!
近づいてきたイノシシが目の前の竹に頭をぶつけようとした瞬間。
視界が真っ暗になった。
・・・いや、意識はあるな。
誰かに抱きつかれてる?
そっと体を動かすと、ケトが目をつむって震えながら私を守るように抱きつき、イノシシに背を向けてる。
え~っ?!何してるの?!
「はっ!!キトル様!大丈夫ですか?!」
「いや、ケトの方こそ!けがはないっ?!」
震えてるのに人の心配してる場合じゃないよ。
ザンッ!
ナイトが竹に当たって目を回してたイノシシを仕留めた。
「ケト!大丈夫か?!」
「は・・・はいぃ・・・腰が、抜けました・・・」
その晩。
結局そのままお泊りすることにして、村人総出でイノシシの解体・調理をした牡丹鍋パーティが開かれている。
もちろん食べられたお野菜はまた作って、白菜や長ネギなどなど、お鍋の材料も完璧さ!
そういえばキノコって作れるのかな。
今度ちょうどいい丸太があれば試してみようかな。
「・・・だからな、お前のやったことは悪くはないが最善策ではないんだ。わかるか?」
「はい・・・」
宴会の端っこの方ではナイト兄貴によるお説教タイム。
もちろんケトに対して。
「キトル様は全っ然弱くないんだ。下手したらきっとドラゴンも倒せる。だから、守りたいならおまえ自身が強くなる必要があるんだ」
ちょっと待て。ドラゴンなんて倒せないぞ。多分。
ってかドラゴンなんているんだ。
「あと、キトル様を大切にするのは結構だが、何よりもお前自身を大事にしろ。目の前でケトが傷ついたら、キトル様がどう思うかなんて、想像つくだろう?」
「・・・!はいっ・・・!」
あ~ぁ、ついに泣いちゃった。
でも、ナイトの厳しくて優しいお説教、ちゃんとケトに響いたみたい。
ケトが傷ついたら、私も、ケトのお母さんも、ロンドさんも、ナイトやヘブンだってきっと悲しいもんね。
ちゃんと自分自身も大事にしてくれるようになるといいな。
だから、泣いちゃったのは、見なかったことにしてあげようじゃないの。